薔薇の花言葉 [サファイア・ラグーン2作目]

◇拙作を気に入ってくださっている素敵な作家様で、ずーっと年下の妹みたいなかわゆい『子鞠』様より、素晴らしいイラストを戴きましたので、こちらにてご紹介させていただきます♡

 子鞠様、誠に有難うございました!! お陰様で二作目も益々華やかになりました♪ これからもどうぞサファラグとまだまだ未熟者の作者を宜しくお願い致します*



   2014年1月25日 朧 月夜 拝








「ティア……?」
「ジョ……エル……」

 ゆっくりと振り向き視線を合わせたティアも、僕と同じ驚愕の眼差しをしていた。

 海賊に襲われた時とは違い、光を発しているというよりも、(みどり)色の液体に満たされた球体の容器に、ティアが封じ込まれているみたいだ。

「大丈夫!? ティア!」

 僕の声は届いているようで、頷くティアは少しホッとした表情を見せた。恐る恐る近付いてそっと触れてみる。温かな石の光は拒絶することなく僕を受け入れた。

「ジョエル!」

 ティアは助けを求めるように僕へと抱きついたが、球状の光も彼女を中心からずらすことなく僕の許へ移動したのだから、ティア自身がこの光から抜け出すことは出来ないようだ。

「いつから……?」
先刻(さっき)、突然に。其処に見える砂の盛り上がりで急に飛べなくなって、落ちるって思ったらいきなり……」

 彼女の指差す方向には、少し不自然な砂の山があった。そして僕達の焦点がそれに定まった時、おもむろに砂が巻き上がって、目線の高さまで竜巻のように回転しながら細長く吹き溜まった。

「カミル……おばさん……?」

 やがてその竜巻は人型を描き、僕達の見慣れた姿が形作られ、砂の集まりとは思えぬほど精密に人魚の姿へ変わっていった。
 (つや)やかな銀色の髪も、ほんのりと紅みのある柔らかそうな頬も──まさに現シレーネのカミルおばさんに似ている……? いや、鱗の色が異なる──。

「違うわ……母様(かあさま)じゃない……あっ、テラ……ばば様……?」

 ティアは真っ直ぐ砂の人魚を見つめながら、その左手は胸元のテーベの石を包んでいた。温かな微笑みを向ける人魚。その首にはティアと同じテーベの石──ティアが言う通り在りし日のテラばば様なのか?

「我が愛しき孫達──ジョエル……ティアラ」
「孫……? やっぱりテラばば様!?」

 テラばば様らしき人魚は美しい声で呟いて、そして僕達の問いに静かに頷いた。

「二人が来る日をずっと待っていたわ……立派になって……カミルもルーラも誇らしいわね」
「ずっと待っていたって……どうして?」
「私はティアラを守るために、シレーネであるカミルから離れて、貴女の守護石になったから……ルーラの許を離れて、ジョエルの守護石になったルラの石と同様にね……」

 ティアを守るために? そしてルラの石が僕の守護石?

 テラばば様の語る言葉はどれも謎めいていた。それでも唯一つ明らかになった──やはりティアの守護石が海溝の底から現れず、テーベの石が彼女を選んだこと──これは偶然などではなく、意味のある特別な出来事だったということだ。

「私を……? 守るため……?」

 ティアの疑問を投げかける小さな声が震えていた。わざわざテラばば様がティアを守護するために、現役のシレーネから離れたのは、よっぽど大きな理由があるからに違いなかった。

「貴女が次期シレーネになるから……結界を手放した後の、本当の意味でのシレーネになるからよ……」
「──!!」

 ティアのしがみつく腕の力が増して、その表情は恐怖に怯えていた。

 ──シレーネの階級。

 そう……ティアの不安は全て此処から始まっていた。シレーネになってしまったら、次のシレーネ候補が見つかるまでは引退出来ない。そして銀髪の人魚である以上、金髪の人魚を産むために『人間』と接触しなければならない──まるで母親であるカミルおばさんのように。ティアはその足枷(あしかせ)(とら)われたのだ。だから『人間』ではない僕とは共に生きられないと──。

「いや……嫌です……シレーネになったら……人魚のままでいたら……私……──」

 涙の膜で視界の曇ったティアには、そうでなくても何も見えていなかった。全てを拒絶して内に閉じ籠ろうと自分の肩を抱えた。

「ティア」

 眼を閉じ、僕から離れて後ずさるティアを追いかけ抱き締める。ハッとして開かれた瞳が僕を鮮明に捉えようと、溢れ出た涙を一気に零し尽くした。

「ごめん……ずっと君の苦しみに気付けなくて……。でも、大丈夫だよ。君が人魚のままでも、シレーネになっても……僕はずっと傍にいる」
「え……?」

 僕は静かに佇むテラばば様を振り返った。

「そうでしょ? テラばば様。僕は今まで結界へ行く時だけ、母さんの石を『借りて』いるのだと思っていた。地上ではルラの石は必要ないですからね。でも先刻貴女は、ルラの石が僕の守護石になったと言った。……それは人魚界が僕を受け入れたという証拠でしょう?」
「さすが……ジョルジョとアメルの血を引く子ね。察しがいいわ」

 テラばば様は僕を真っ直ぐ見つめていたが、その行先は僕を通り越した先に在るジョル爺の姿を見つけていたように思えた。

「ティアラ……辛い想いをさせてしまったわね。ジョエルは『人魚』でもなければ『人間』でもないのかもしれないけれど……それは『人魚』であり『人間』でもあると云えるのよ。その誤解を解くために私は此処で待っていたのだけど……もうその必要はなかったみたい」

 クスっと笑って手を口元へ寄せたテラばば様の、その指先が砂に戻って崩れた。父さんが父親のカケラを見つけた時と同じ“終わりの始まり”だ──。

「ジョエルを信じて進みなさい。カミルとルーラに宜しく……そして愛しいジョルジョにも……」
「待って、テラばば様! 教えてください……どうしてばば様はっ!!」

 宙に浮いた尾びれの先が、さらさらと砂に変わって零れ落ちていった。早く訊かないと──焦る言葉が空回りして声にならない。

 ──どうして、死んでしまったの!?

 母さんが二歳になる前に、どうしてそんなに早く死んでしまったのか。カミルおばさんも母さんも、そしてジョル爺もが見つけられなかった原因。

 ──もう……時効かしら。

 テラばば様の上半身は未だ砂と化していなかったが、その声は直接心に響いてきた。

 ──当時、魔法を使えるのはウイスタ様お独りしかいらっしゃらなかった。結界へ皆を閉じ込めてしまった責を負って、ウイスタ様は平和を保つため、その全ての力を皆のためにと使ってしまわれていた……(やまい)を癒す魔法も度々使われて……でも『あれ』は病を消していた訳ではなかったの。ウイスタ様が身代わりに、病の素である『毒』を自身へと移していただけ……人魚の未来のために、あのお方には生きていていただく必要があった……だから……。さ、ジョエル、ティアラ、お別れよ……アモールに会えなかったことだけが心残りだけど……天からあなた達の幸せを祈っています。さよ……なら……──。

「テラばば様っ!!」

 ティアと僕は目の前でただの砂山に戻っていくテラばば様のカケラに叫んでいた。そんな……ばば様は自分の身を挺して、ウイスタ様に蓄積した『毒』を吸い取ったと云うのか!?

 僕達を包んでいたテーベの石の光は消え、しばらくは言葉も出せずに二人、砂の流れてゆくのを見つめていた。愛する娘達を置いて他人のためにそこまで犠牲になれるものなのか? いや……ウイスタ様を生かすことは、カミルおばさんと母さんを生かすことでもあった。テラばば様は自分の命と引き換えに、二人の娘を守ったのだ。

「ジョエル……あれを見て」

 風に舞い上がる砂の隙間から、時々チラチラと反射する光が見え隠れしていた。父さんが得た懐中時計のように、テラばば様も『カケラ』を残していったのかもしれない。

「これ……」

 ティアが拾い上げた物は、淡いエメラルド・グリーンの鱗だった。──テラばば様の鱗。

「あっ、何枚かあるわ。二……三枚?」

 それ以上は幾ら砂を掻き分けても見つからなかった。きっとカミルおばさんと母さん、そしてジョル爺への贈り物だ。

「テラばば様……私は人魚のままでいていいと、ジョエルと一緒にいていいと、言ったのよね?」

 ティアは三枚の鱗を握り締めて、なだらかになった砂山の麓で立ちすくみ、僕に向けたその背中は少し震えていた。

「そうだよ……ティアが無理しているのは分かっていた。僕のためになりたくない人間に変わる必要なんてないんだ。だって僕は『人魚』のティアが好きなんだから」

 後ろから優しく抱き締める両腕に、一瞬驚いたように反応を示したティアだったが、次の瞬間、以前とは違って心穏やかに僕の抱擁を受け止めていた。しばらくそうしていて、僕の頬に触れたティアのそれは次第に熱を帯び、温かな涙が全ての哀しみを拭い去っていった。

「戻ろう……明日の朝にはアーラ様とモカに告げよう。僕こそが人魚になると──」
「ありがとう、ジョエル」

 振り向いていつも通りの笑顔を見せたティアの表情には、また全てを受け入れようとする覚悟も見受けられた。僕と共に生きる人生と、結界を離れて新天地を求める道、そしてシレーネとして地中海を統治する責務──十四歳の少女には重い使命だ。

 ──だからこそ、僕は此処にいるのかもしれない。

 ふと思いついた言葉に、僕の生きてきた意味を指し示された気がした。
 ティアが生まれ、僕を見つめて笑いかけたあの時。僕の運命が動き出したんだ。
 あの時感じた気持ちを、今でも忘れていない。そして今も、それは変わっていない。

 僕達は珊瑚礁の小道へ戻る海岸まで浮遊して進み、海へ戻ろうと見下ろした波の向こうが、以前より白濁して見えた。疑問に思いながらもその中へ溶け込んだが、やがて僕は気付いて、驚きで前進を止めたティアに説明をした。薄桃色の夜露のような無数の小さな粒──珊瑚の産卵だ……。



「──」

 ティアは僕の傍らで言葉を失い、ひたすら卵の群れを目で追っていた。沢山の粒が映り込んで輝く瞳も、透き通るように白い肌も、口元へ寄せた(すべ)らかな指先も、どれも愛おしくて仕方がないと思った。そして触れる、しなやかな銀の髪──。

「ジョエル……?」

 美しい輪郭を描いていた横顔がこちらを向いた。僕はゆっくりと(ひざまず)き、彼女を見上げる。

「愛しいティアラ。僕は貴女を全力で守ります」

 差し伸べた右手に彼女の指が重なり、ギュッと握られた瞬間。まるで銀色のカーテンが揺らめいたように、僕の目の前の色が変わった。そして感じる、たった一度だけ得たことのある唇の感触。僕は全身でそれを(いつく)しむために瞳を閉じた。ティアの抱擁に包まれて海中に浮かび上がった僕の身体は、そのまま小道を下るように下へ下へと漂っていった。

 再び瞼を開いた視界には、恥じらいながらも微笑むティア。その背後には、砂浜の金色の魂達に照らされたような、白く煌めく珊瑚の子供達が、僕達を祝福するように一心に輝いていた──。










◇少々長い回で失礼致しました。こちらで八章は終了です。

 これで幾つかの伏線が回収されましたが、まずはティアの言った「ジョエルは……人魚じゃない……」。人間になりたい理由を何故今までティアが口にしなかったのかと申しますと、唯一つ「(人魚のままでは)『人間』と交わらなければいけない」という思い込みを、さすがに十四歳の可憐な乙女が言葉にすることは(はばか)られた、それだけに尽きたり致します(苦笑)。

 長らくお待たせ致しまして申し訳ございませんでした*

 テラの死の原因は、実は前作では深く考えられておりませんでした(汗)。
 続編を書き進めるに従って明らかにされた理由です。
 上記のティアの台詞の理由もテラの事情も、何故だかそんな感じに自然と降りてきた回答でした(大汗)。
 自分の中では明らかに「神が降りてきた!」瞬間でしたが、読者様から見れば「ちゃんと深く考えて書けよ」って感じだと思います・・・汗汗。

 そんな情けない作者ではございますが、次章も是非いらしてくださいませね!