「ジョエルっっ!!」
──万事休すか……。
苦しさも悔しさも、もうどうでも良かった。問題は自分が死んだら皆どうやって助かるのか──いや……唄がある。唄さえ歌える状況になれば──。
するとその時、突然自分の胸元のルラの石が光り出して、この世のものとは思えないほどの眩い光を放った。
「うわっ、まぶしい……!」
大男が光を遮ろうと手を緩めたので、僕は床に着地し、同じく放されたティアを受け止めたが、彼女の胸のテーベの石も同じように光り輝いていた。真後ろまで迫っていた男の手からナイフを取り上げ、船尾の床板を上げる。埋め込み式の生簀の中で、胸まで浸かって外の様子を心配していたアドルとマレーアに、僕は声の限り叫んだ。
「一分でいい! 耳に栓して、水に潜ってくれ!!」
急ぎ扉を閉じて船首に走る。途中壁にもたれてこの不可思議な現象に唖然としていたモカへ視線を送ると、彼女は意図を汲み取ったようにその瞳で僕を捉えた。
「おじさん!」
二人の男が驚きで萎縮し立ちすくむ真中に、縄で縛られたおじさんは座らされていた。
「ごめん、おじさん! ……モカ!!」
説明などしている暇はない。僕はおじさんの両耳に自分の指を押し込んで、振り向き叫んだ。途端流れる歌声……モカと──ティア?
悪しき者よ 悲しき者よ
海の神が 嘆いておられる
ネプチューンを 怒らせたまうな
我等シレーネに 喜びを──
僕達の周りに立ち尽くした男達は一斉に崩れ落ち、そして唄は止んだ。石の光も消え、塞いだ耳を自由にされたおじさんは、何が遭ったのか訳も分からない様子で瞼を開いた。どうやら聴かずに済んだようだ。
「モカ、ティア、大丈夫!?」
歌い終えた二人は愕然としながらも問いかけに応じてみせたので、先に船尾へと急ぐ。生簀の中の二人も無事だ。一人ずつ引き上げ、未だ縛られたままのおじさんの許へ急がせた。
「ごめん……モカ。こんな時のために鍛えてきたのに──」
落ち着きを取り戻したモカに謝るも、それ以上言葉にならなかった。ちっとも歯が立たないなんて……不甲斐ないのにも程がある。
「相手は何人もいたのよ……それに体格も違い過ぎたのだし……。だからと言って、鍛え過ぎてあんな大男にならないでよ!? それより早く行って……泣いてるわ」
モカは冗談混じりに僕を慰めて、ティアに視線を合わせた。彼女は倒れた大男の横で、声を殺して泣いていた。
「ティア……ごめん。怖い思いをさせて……腕、痛むの?」
目の前にしゃがみ両肩に手を置いた僕を、口元を塞いでいた彼女の両手が包み込んだ。泣き声が紡がれて──泣きやまない。
「ジョ……エル。……ジョエ……ル……」
「ごめんよ、もうあんな目に遭わせないから……ごめん、ティア」
ティアの抱き締める腕の強さも、嗚咽と化した涙も止まることはなかった。怒っているの? いや、怒ってくれた方がいい。ショックで心に傷を受けてしまったなら、僕は死んでも死にきれない。
「違……うの。私……ジョエルが……死んじゃったらって……!」
「ティア……」
刹那、僕の脳裏に、トロールが教えてくれた両親のお互いへの想いが映し出された。
──守りたいという意志。守られることを受け入れる勇気。
少し分かった気がした。守ると決意した瞬間、それはその時から『覚悟』となるのだ。──守れなかった時、大切な人を失うことになるという覚悟に──。
ティアは僕を守りたかった。そして失う恐怖を感じたんだ。けれど僕は何処かで、彼女に守られることを受け入れられずにいた。
「……ありがとう。ティアも助けようとして、歌ってくれたね。良く聞こえたよ」
彼女の髪を優しく撫でる。次第に嗚咽は小さくなっていき、肩の力も薄れた。心底ティアを守りたいと思った。そして守られることも受け止められる広い心を持ちたいと思った。
「ジル? ありがとう……口、大丈夫?」
振り返れば薬箱を抱えたマレーアが、申し訳なさそうに見下ろしていた。同じく殴られたおじさんの手当てを終えたのだろう。次は僕の番だった。
「口の中が切れただけだから、大したことないよ。……いてっ」
唇の端も切れていたようで、消毒液がいやに沁みた。頬も既に腫れ始めている。しばらくは見られたものではないかもしれない。
処置を終えて男達を海賊船に移し、僕が初めに失神させた一名以外は帆柱へ縛りつけて離れた。人魚の唄を聴いた者は、全てを忘れて海へ向かうことしか考えられなくなる──そんなことを聞かされた三人は、現実に聴いてしまった男達を見た後だっただけに、その能力の怖ろしさを全身で感じているようだった。
「ちゃんと解放する方法もあるのよっ。ただ……それを母様に聞いてくるのを忘れちゃって……あ、でも、ジルはどうしてそれに気付いたの?」
アドル達の緊張を解きほぐそうと弁解の言葉を並べ立てたモカだったが、
「すぐに判ったよ……知ってたら逃げずに歌っただろ? 眠らせるだけの唄もあるのに、二人共その辺は怠けてきたのを知ってるからね」
横目で睨みつけた僕に、さすがにしゅんとしてみせた彼女の髪を、クシャクシャッとしながら礼を言った。
「ありがと。お陰で助かったよ」
助かったと云えば、あのテーベの石とルラの石の光だ。あれがなければ僕は刺されていた。誰のどんな想いが危機を救ったのだろう? 石に関わる全ての想いなのか?
「あたしの石だけ光らないなんて……何だか残念」
モカは髪を直しながら、自身の石を恨めしそうに見つめた。モカの石はカミルおばさんの涙。ルラの石やテーベの石のように、死者の力が備わっていないことが原因なのかもしれない。
「ティアと僕のはテラばば様の縁の石だからだろ。カミルおばさんは結界の中で生きているのだから、きっと力を与えられないのさ。魂の宿った石はそれだけ強いんだよ」
「ふーん……」
納得いかない表情のまま、返事をしてみせるモカ。彼女の魔法の能力を保持しているのはその石なのだから、他に類を見ないほどに力が強まっていることを考えるに、モカ自身の石にも何か秘密がある可能性はある。
海賊船が衝突した右舷は船縁がひしゃげた程度で、幸い航行には何も問題はなく、しばらくしてアドル達の“漁場”に到着した。
「大丈夫。また半月もしない内に会えるわ」
アドルの淋しそうな顔にモカは笑いかけて、ギュッと抱き締めると褐色の頬がほんのり赤らんで見えた。ほんの少し、お別れの時だ。
「マレーア……あの……これで良かったら……」
ティアは腰にぶら下げた小さなポーチから、白い小さな玉を三粒取り出してマレーアの掌に乗せた。──北の岩場の森で採れた真珠?
「え……? あっ……こんな貴重な物貰えないわ! こんなに綺麗な真珠見たことないもの、とても高価に違いな──」
慌てて返そうとするマレーアを制したモカは、強引に受け取らせてティアに微笑んだ。こういう場面を想定していたのか、旅の途中換金出来る物が必要だと準備していたのか、ティアの周到さには恐れ入った。
「それじゃ……またね」
これから未だどれくらい旅が続くのか分からないため、幾ばくかの食糧を分けてもらい、名残惜しいが別れを切り出す。
「ジル、ティア……お幸せに」
にっこり笑ったマレーアの言葉に、アドルとモカがにんまり笑って目配せしたのを僕は見逃さなかった。──思い出される『作戦』という言葉の二文字。

「いやっ、あのっ……それは!」
「行くわよ、ジル」
赤面して戸惑う僕を、モカが無理やり引っ張った。後ろ向きのまま一緒にダイブさせられ、ティアも次に続いた。
「え──っ!?」
──え?
突然僕の横で驚きの声を上げるモカを不思議に思い、逆さになった頭の先を見ようとしたが、其処には在るべき海原が──なかった!?
──金色の……草原?
そして僕達は、そのまま気を失った──。

◇お読みいただきまして、誠に有難うございます!
こちらで六章は終了です。五章からやっと中盤の山場を向かえ、そして今章で「守る」の伏線を回収させていただきました・・・と、言えるほど大それたものではなくて、大変失礼致しました(汗)。それでも両親の想いを受け取ったジョエルの気持ちは、これで固まっていくのだと思います。最後の場面でもうお気付きかと思いますが、七章からは『彼の地』での展開となります。どうぞお楽しみください*
ちなみに五章後半のイラストはアドル、今章はマレーアです。彼女には悪いですが、ティアとモカの美しさが際立つイラストになりました(苦笑)。
──万事休すか……。
苦しさも悔しさも、もうどうでも良かった。問題は自分が死んだら皆どうやって助かるのか──いや……唄がある。唄さえ歌える状況になれば──。
するとその時、突然自分の胸元のルラの石が光り出して、この世のものとは思えないほどの眩い光を放った。
「うわっ、まぶしい……!」
大男が光を遮ろうと手を緩めたので、僕は床に着地し、同じく放されたティアを受け止めたが、彼女の胸のテーベの石も同じように光り輝いていた。真後ろまで迫っていた男の手からナイフを取り上げ、船尾の床板を上げる。埋め込み式の生簀の中で、胸まで浸かって外の様子を心配していたアドルとマレーアに、僕は声の限り叫んだ。
「一分でいい! 耳に栓して、水に潜ってくれ!!」
急ぎ扉を閉じて船首に走る。途中壁にもたれてこの不可思議な現象に唖然としていたモカへ視線を送ると、彼女は意図を汲み取ったようにその瞳で僕を捉えた。
「おじさん!」
二人の男が驚きで萎縮し立ちすくむ真中に、縄で縛られたおじさんは座らされていた。
「ごめん、おじさん! ……モカ!!」
説明などしている暇はない。僕はおじさんの両耳に自分の指を押し込んで、振り向き叫んだ。途端流れる歌声……モカと──ティア?
悪しき者よ 悲しき者よ
海の神が 嘆いておられる
ネプチューンを 怒らせたまうな
我等シレーネに 喜びを──
僕達の周りに立ち尽くした男達は一斉に崩れ落ち、そして唄は止んだ。石の光も消え、塞いだ耳を自由にされたおじさんは、何が遭ったのか訳も分からない様子で瞼を開いた。どうやら聴かずに済んだようだ。
「モカ、ティア、大丈夫!?」
歌い終えた二人は愕然としながらも問いかけに応じてみせたので、先に船尾へと急ぐ。生簀の中の二人も無事だ。一人ずつ引き上げ、未だ縛られたままのおじさんの許へ急がせた。
「ごめん……モカ。こんな時のために鍛えてきたのに──」
落ち着きを取り戻したモカに謝るも、それ以上言葉にならなかった。ちっとも歯が立たないなんて……不甲斐ないのにも程がある。
「相手は何人もいたのよ……それに体格も違い過ぎたのだし……。だからと言って、鍛え過ぎてあんな大男にならないでよ!? それより早く行って……泣いてるわ」
モカは冗談混じりに僕を慰めて、ティアに視線を合わせた。彼女は倒れた大男の横で、声を殺して泣いていた。
「ティア……ごめん。怖い思いをさせて……腕、痛むの?」
目の前にしゃがみ両肩に手を置いた僕を、口元を塞いでいた彼女の両手が包み込んだ。泣き声が紡がれて──泣きやまない。
「ジョ……エル。……ジョエ……ル……」
「ごめんよ、もうあんな目に遭わせないから……ごめん、ティア」
ティアの抱き締める腕の強さも、嗚咽と化した涙も止まることはなかった。怒っているの? いや、怒ってくれた方がいい。ショックで心に傷を受けてしまったなら、僕は死んでも死にきれない。
「違……うの。私……ジョエルが……死んじゃったらって……!」
「ティア……」
刹那、僕の脳裏に、トロールが教えてくれた両親のお互いへの想いが映し出された。
──守りたいという意志。守られることを受け入れる勇気。
少し分かった気がした。守ると決意した瞬間、それはその時から『覚悟』となるのだ。──守れなかった時、大切な人を失うことになるという覚悟に──。
ティアは僕を守りたかった。そして失う恐怖を感じたんだ。けれど僕は何処かで、彼女に守られることを受け入れられずにいた。
「……ありがとう。ティアも助けようとして、歌ってくれたね。良く聞こえたよ」
彼女の髪を優しく撫でる。次第に嗚咽は小さくなっていき、肩の力も薄れた。心底ティアを守りたいと思った。そして守られることも受け止められる広い心を持ちたいと思った。
「ジル? ありがとう……口、大丈夫?」
振り返れば薬箱を抱えたマレーアが、申し訳なさそうに見下ろしていた。同じく殴られたおじさんの手当てを終えたのだろう。次は僕の番だった。
「口の中が切れただけだから、大したことないよ。……いてっ」
唇の端も切れていたようで、消毒液がいやに沁みた。頬も既に腫れ始めている。しばらくは見られたものではないかもしれない。
処置を終えて男達を海賊船に移し、僕が初めに失神させた一名以外は帆柱へ縛りつけて離れた。人魚の唄を聴いた者は、全てを忘れて海へ向かうことしか考えられなくなる──そんなことを聞かされた三人は、現実に聴いてしまった男達を見た後だっただけに、その能力の怖ろしさを全身で感じているようだった。
「ちゃんと解放する方法もあるのよっ。ただ……それを母様に聞いてくるのを忘れちゃって……あ、でも、ジルはどうしてそれに気付いたの?」
アドル達の緊張を解きほぐそうと弁解の言葉を並べ立てたモカだったが、
「すぐに判ったよ……知ってたら逃げずに歌っただろ? 眠らせるだけの唄もあるのに、二人共その辺は怠けてきたのを知ってるからね」
横目で睨みつけた僕に、さすがにしゅんとしてみせた彼女の髪を、クシャクシャッとしながら礼を言った。
「ありがと。お陰で助かったよ」
助かったと云えば、あのテーベの石とルラの石の光だ。あれがなければ僕は刺されていた。誰のどんな想いが危機を救ったのだろう? 石に関わる全ての想いなのか?
「あたしの石だけ光らないなんて……何だか残念」
モカは髪を直しながら、自身の石を恨めしそうに見つめた。モカの石はカミルおばさんの涙。ルラの石やテーベの石のように、死者の力が備わっていないことが原因なのかもしれない。
「ティアと僕のはテラばば様の縁の石だからだろ。カミルおばさんは結界の中で生きているのだから、きっと力を与えられないのさ。魂の宿った石はそれだけ強いんだよ」
「ふーん……」
納得いかない表情のまま、返事をしてみせるモカ。彼女の魔法の能力を保持しているのはその石なのだから、他に類を見ないほどに力が強まっていることを考えるに、モカ自身の石にも何か秘密がある可能性はある。
海賊船が衝突した右舷は船縁がひしゃげた程度で、幸い航行には何も問題はなく、しばらくしてアドル達の“漁場”に到着した。
「大丈夫。また半月もしない内に会えるわ」
アドルの淋しそうな顔にモカは笑いかけて、ギュッと抱き締めると褐色の頬がほんのり赤らんで見えた。ほんの少し、お別れの時だ。
「マレーア……あの……これで良かったら……」
ティアは腰にぶら下げた小さなポーチから、白い小さな玉を三粒取り出してマレーアの掌に乗せた。──北の岩場の森で採れた真珠?
「え……? あっ……こんな貴重な物貰えないわ! こんなに綺麗な真珠見たことないもの、とても高価に違いな──」
慌てて返そうとするマレーアを制したモカは、強引に受け取らせてティアに微笑んだ。こういう場面を想定していたのか、旅の途中換金出来る物が必要だと準備していたのか、ティアの周到さには恐れ入った。
「それじゃ……またね」
これから未だどれくらい旅が続くのか分からないため、幾ばくかの食糧を分けてもらい、名残惜しいが別れを切り出す。
「ジル、ティア……お幸せに」
にっこり笑ったマレーアの言葉に、アドルとモカがにんまり笑って目配せしたのを僕は見逃さなかった。──思い出される『作戦』という言葉の二文字。

「いやっ、あのっ……それは!」
「行くわよ、ジル」
赤面して戸惑う僕を、モカが無理やり引っ張った。後ろ向きのまま一緒にダイブさせられ、ティアも次に続いた。
「え──っ!?」
──え?
突然僕の横で驚きの声を上げるモカを不思議に思い、逆さになった頭の先を見ようとしたが、其処には在るべき海原が──なかった!?
──金色の……草原?
そして僕達は、そのまま気を失った──。

◇お読みいただきまして、誠に有難うございます!
こちらで六章は終了です。五章からやっと中盤の山場を向かえ、そして今章で「守る」の伏線を回収させていただきました・・・と、言えるほど大それたものではなくて、大変失礼致しました(汗)。それでも両親の想いを受け取ったジョエルの気持ちは、これで固まっていくのだと思います。最後の場面でもうお気付きかと思いますが、七章からは『彼の地』での展開となります。どうぞお楽しみください*
ちなみに五章後半のイラストはアドル、今章はマレーアです。彼女には悪いですが、ティアとモカの美しさが際立つイラストになりました(苦笑)。



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