薔薇の花言葉 [サファイア・ラグーン2作目]





 視界は淡いアクアブルーのトーンから、次第にネイビーブルーへ移り、その先は漆黒の闇であった。右手を足先へ向けて広げる。そこから放たれた薄い光は、結界の膜に空間を押し広げ、僕をその世界へと招き入れた。

 遠くに人魚達の灯が点っているが、海溝に近いこの辺りはまるで眠りについたように暗く静かだ。特に人目を避ける必要もなかったが、何となしにこの地を選んでいたのは、この服装と花束の()()だったのだろうか。

 ルラの石の力で空気の層に包まれた僕は、大地に立ち尽くしたような姿勢で、海の中を優雅に滑り落ちていった。実はそんな芸当はかなりの技術を要する。浮力を制して水中を陸上のようにあしらうには、子供の頃から慣れ親しんだ僕でさえも、結構な時間が掛かっていた。

「あ……れ?」

 やがて海底に到着、という頃に、真下に白い人影を見つけた。ぶつからないように少々後ろへ下がり地面へ降り立つ。すると目の前には、銀色の髪と煌めく鱗に白いレースを(まと)った、お姫様のようなティアが僕を見上げていた。

「ジョエル……」
「ご機嫌よう、麗しきティアラ姫」

 相変わらずの気障な挨拶に輪を掛けてみたが、内心ドキドキが止まらなかった。真正面から見つめるティアは、いつになく美し過ぎた。

「久し振りだね、ティア。こんな所で会うなんて珍しいけど、僕を見つけて追いかけてきたの?」

 おどけたようにウィンクをして、いつものように冗談めいてみたが、この日のティアは普段よりいささか過敏に反応をした。

「そっ、そんな訳ないでしょ! 少し静かな所へ来たかったのっ。そうしたらあなたが……邪魔をしたんじゃない……」
「それは失礼を……お姫様」

 そっぽを向いたティアの機嫌はなかなか直らなかったが、僕が後ろ手に抱える花束はやはり気になったらしい。彼女が横目で気まずそうに問いかけてきたので、

「この薔薇を君に捧ぐ……と言いたいところだけど、両親からモカへの成人祝いなんだ」

 目の前に差し出してみせるや、ティアの瞳は釘付けになった。海の中にいても美しい物は同じようだ。

「バラ……?」
「確か母さんがカミルおばさんのシレーネ就任の時にもプレゼントしたとか言っていたね。その時は真紅の薔薇だったって。赤い薔薇の花言葉は『愛情・情熱』……この薔薇は淡いけど、オレンジと云うなら『無邪気』とか『信頼』とか。でももし黄色とするなら……」
「するなら?」
「『嫉妬』……だね」
「私、やきもちなんて焼いてないわっ」
「え……?」

 僕の中に特別他意なんてなかった。けれどティアがその言葉に食ってかかってきたのは、何か思うところがあったのかもしれない。

「あ……えと……そうじゃなくて──」

 我に返ったように僕の顔から視線を逸らした彼女の横顔は、いつもとは違う悲痛な面持ちに思えた。この場の雰囲気に耐え切れなくなったように、尾びれを振り逃げ出そうとする。

「ティア……!」

 僕の声に彼女は立ち止まったが、振り向きはしなかった。

「君が成人を迎える時は、僕が同じように薔薇を贈るよ。そうだな……ティアに似合うのは淡いピンクかな……」
「その……花言葉は?」

 背中で問いかけるティア。

「ピンクの薔薇の花言葉は『美しい少女』。それに──『我が心、君のみぞ知る』──だよ」

 その時小さな魚の群れが僕の前を横切って、背中越しの反応がどんなものだったかは、僕の知る(よし)もなかった。
 魚達が通り過ぎた時、彼女の後ろ姿は遠く小さく霞んでいた──。










◇いつもお読みくださいまして、誠に有難うございます!

 相変わらず画力は向上致しませんが(汗)、調子に乗って描きましたので、宜しかったらご覧ください。

 冒頭のジョエルは物語に沿った挿絵となっておりまして、色なしのために想像し難いと思いますが、黒系スーツのつもりです(大汗)。

 文末のティアラはイメージイラストに留めております* この時代には人間の服飾も人魚界に広がり、以前のルーラのようなリボンで胸を隠すことはなくなりました。小説内にて文章でお伝えせず本当に申し訳ございません(涙)。