薔薇の花言葉 [サファイア・ラグーン2作目]

 ~このお話は、ほんの少し昔の物語。

 そう……未だ飛行機もなく、

 帆船(はんせん)や蒸気船が活躍していた頃の時代です~



 ◇ ◇ ◇



 ──大好きだよ……。

 君はずっと知っていた筈なのに、信じようとはしなかったね。

 僕は『あの時』から気付いていたんだ。そう、君が生まれて初めて笑顔を見せた『あの時』から──。

 君の瞳が僕を(とら)えた瞬間、僕は誓ったんだよ。


 ──大好きだよ──。

 そして僕は十四年、ずっと君だけに恋してる……。



 ◇ ◇ ◇



「ジョエル……またおば様から石を借りずに泳いできたの!? 無謀よ! 途中で息が続かなくなったらどうするのっ!? それに石がなかったら結界の中には入れないじゃない!」

 いつもの『お小言』が始まったのを見て、僕はクスっと笑った。怒らせてしまうのは悪いけれど、コレが始まらないと、此処へ来た感じがしない。

「ごめんごめん。でもティアがそんなに怒るのは、僕を心配してくれている証拠だよね? だったら今度は結界の入口で待っててよ」

 僕は意地悪そうな瞳で見上げて、彼女の手の甲に挨拶がてら口づけをしようとしたが、

「ちっ、違うわよ! ジョエルに何か遭ったら、アメルおじ様とルーラおば様に申し訳が立たないだけ……とっ、ごめん、ジョエル!」

 慌てて否定したティアがその手を振り払ったので、僕は急に息が出来なくなって、口を押さえ(もだ)えた。

「もう……だからルラの石を持ってくればいいのに。ん……? 入口って? 結界の入口って何よ? 今は境界の傍にいた誰かに入れてもらったのでしょ?」

 急いで僕の左手を握り締めたティアは、改めて僕の言葉に疑問を(いだ)いた。再び一息ついた僕は、余計なことを言ってしまったとバツが悪そうにちょっと舌を出したが、自分の失態とは云え、折角手に入れた秘密の抜け道ももうおしまいか……。

「いや……あの。実は……モカにギリギリ僕が通れるサイズの穴を作っておいてもらったっていうか……ね」
「アモール姉さんにっ!?」

 いつになく激しい剣幕を見せて、ティアは僕に噛みつかんばかりであった。けれどしっかり者のティアのこと、僕が言葉を発する前に自ら気を落ち着かせて、

「ジョエル、案内してちょうだい。母様(かあさま)に見つかる前に穴を塞がないと、三人共大目玉よ」

 と、僕の(つか)んだ手を持ち上げて、上へと促した。

「三人って……モカはともかく、ティアは叱られないだろ?」

 そう言って僕は『結界の穴』目指し、彼女を誘導した。この辺りは水深が浅いので、海上から(こぼ)れる陽の光が海水を淡いベールに包み、まるで天国にでも続きそうな美しい光景だ。



「もう知ったとなったら連帯責任よ。それから何度も言うけど、私は“ティアラ”。アモール姉さんのことも“モカ”なんて呼ばないで」

 手を引かれて泳ぎ出したティアはすぐに追いついて、僕の隣をスイスイ進みながら、相変わらずふくれっ面をした。

「いいじゃないか。ティアの方が呼びやすくて可愛いし。モカだって、父さんアネモスの『ア』と『モ』に、母さんカミルからもらった『ル』よりも、『カ』を合わせた“モカ”の方が最近は気に入ってる。第一アモールって、人間の世界では男の名前だよ? ティアこそ、いつになったら僕を“ジル”って呼んでくれるの?」

 そして僕は懲りもせず、彼女の火に油を注いでいた。

「私はモカよりアモールの方が好き……ジルも勝手に決めたあだ名でしょ! 本当の名前を呼んであげてるんだから文句言わないでっ。もう、ああ言えばこう言うんだから……」
「はいはい」

 僕達はこうして()()()の会話を続けながら、煌めく結界の境界へと向かった──。










◇初めまして&前作からおいでの皆様、この度は続篇にお越しくださいまして、誠にありがとうございます!

 前作をお読みくださった方は、次の主人公が誰になるのか薄々気付かれていらしたのではないでしょうか?

 前作の語り手であるアメルの悲観主義要素がなくなりましたので(笑)、少し読み易くなったのではないかと思います。

 ルーラとアメルの出逢いから二十年余の世界、どうぞお楽しみください!