祥平に、ありがとう、と言えなかったのが何となく気がかりだった。だから私は、目の前にいる綾人くんに向かって、今までありがとうございました、と消え入るような声で言った。
呼び出されるがままに身体を重ねた彼に感謝するようなことはなかった気がする。どちらかといえば、決別、みたいな。今後会うことはないだろうという表明にも近いようなニュアンスを含むような物言いをしたつもりだった。
頭の良い彼なら、私の発した言葉の意味を理解してくれるだろうと思った。想像通り、彼はそれをちゃんとわかってくれたみたいで、諦めを含んだ、それでもすこし晴れやかな表情をしてみせる。
「……いつも、乱暴に扱って悪かった。それでも俺は、お前のこと、ちゃんと好きだったよ」
「もういいよ……」
「……ごめん。じゃあ俺、帰るから」
彼の手の感触を、私は確かに知っている。けれど、その温度がどうにも思い出せない。
玄関の扉が閉まる時、思ったよりも呆気なかったな、と思った。一人でいる間、彼に何があったのだろうか。今日、力で物を言わせるような手段をとってきたらどうしようかとも心配にもなっていたが、どうやら杞憂に終わったらしかった。
彼に会っても、何も疼かなかった。もう、綾人くんには会わなくても平気だと思った。そのうちきっと、私は彼のことを忘れてしまうのだろう。
性欲の崇高さは、わからないままだった。


