この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

「ただいまー。わっ、空気がよどんでますね。今、窓開けます」
「いい、俺がやる」

凛香の部屋は三階のワンルームで、すっきりとシンプルな家具でまとめられていた。
礼央は荷物を置くと、ベランダに出る窓を開ける。
ふと下を見ると、斜めにエントランスが見渡せた。

(あそこで彼女は誘拐された)

現場検証に立ち会った時のことを思い出す。
社長との食事を終えて車で送ってもらい、エントランスで降りたあと、凛香は常務に襲われた。

(ふとした時に思い出して、苦しくなるのではないだろうか。一人で夜遅くに帰宅して、エントランスに入るのが怖くなったら……)

そう考えていると、凛香が声をかけてきた。

「朝比奈さん、アイスコーヒーどうぞ」
「ああ、ありがとう」

ソファに並んで座り、ひと息つく。
礼央は凛香に切り出した。

「今、仕事はお盆休みなんだよな?」
「はい、そうです。あと二日残ってますね」
「休み明けは、普通に出勤するのか?」
「え? はい、もちろん」
「そうか」

大丈夫なのだろうか。
一人でマンションに帰って来て、恐怖が蘇ってきたら?
今はそこまで意識がいっていないかもしれない。
だけど事件からまだ日が浅い。
夜中に悪夢にうなされるかもしれなかった。

礼央はそっと凛香の横顔に目をやる。
穏やかな表情でグラスを傾けている凛香は、清らかで純粋で……。
礼央の胸がキュッと小さく締めつけられた。

(もう二度と怖い思いをさせはしない。いつも笑顔でいてほしい。守らなければ、俺がこの手で)

そう決めると、凛香に向き直った。

「俺の部屋に来い」
「…………は?」

凛香は目を丸くしてキョトンとする。

「以前使っていた隣の空き部屋でもいいが、色々準備が必要だ。だから今すぐ俺の部屋に来い」
「…………え?」
「大丈夫だ。俺の部屋の間取りは2LDKだから」
「…………へ?」
「さっきからなにを妙な返事ばかりしている」

いやいやいや、と凛香は手を振って否定する。

「私が変だ、みたいに言わないでください。おかしなのは朝比奈さんですよ?」
「どこがだ?」
「だって、いきなりなんのお話を始めたのか、ちっともわからないです。お部屋自慢ですか? いいところだから見に来いよ、みたいな」
「なんだそれ」
「こっちが聞きたいです!」

礼央はため息をつくと、グラスをローテーブルに置く。
改めて正面から凛香を見つめた。

「俺に君を守らせてほしい。もう二度と、怖い思いをさせたくない。だから俺のそばを離れないでくれ。頼む」
「……朝比奈さん」

真剣な口調で言うと、凛香は胸を打たれたように目を潤ませる。

「君が誘拐されたと聞いた時、全身から血の気が引いた。これまで感じたことがないほど、焦りと不安に襲われた。自分の命と引き換えてでも必ず君を助けると、その一心だった」

今にもこぼれ落ちそうなほど目に涙をいっぱい溜めた凛香は、小さく首を振った。

「……だめ」
「え?」
「だめです、絶対に。お願いだから、そんなこと言わないで。私を守ってくれるなら、いなくならないで。私のそばで、ちゃんと生きていて。お願い……」

声を震わせる凛香を、礼央はたまらず胸にかき抱く。

「わかった、約束する。俺は君のそばで、ずっと君を守り抜く。君の笑顔と幸せを」

腕の中で、凛香が確かに頷いた。