この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

「だーかーら、忘れてたんですって、そんな昔のこと。だって二年前ですよ?」

取調室で礼央と向かい合って座った黒岩は、ふてぶてしく身体を深く椅子の背に預けながら言い放つ。

「鮎川が社長になって、くさくさしながら飲んでた席での話でしょ? あいつがまだ覚えてて、それを実行するなんて、こっちが驚きだ」

凜香を誘拐した犯人は、ワンアクトの常務だった。
黒岩が社長になれば、自分も優遇してほしいと、日頃から黒岩におべっかを使っていたらしい。
次期社長に本部長だった鮎川が就くことになり、恨み節を言いながら居酒屋で飲んでいた時に、黒岩が凜香の誘拐をほのめかした。

自分にもしものことがあったら、社長秘書を誘拐して身代金一億を要求しろ。成功報酬でお前にも半分くれてやる、と。

そう言って、銀行口座も教えていた。
犯人の常務は、黒岩が逮捕されたことを受け、もう自分に残された道はないと思い、誘拐を実行した。
金が手に入ればすぐに遠くへ逃げるつもりだったらしい。
たかだか脅迫メールを予約送信にしただけで、警察の目を欺けると思っていたのは片腹痛い。

礼央が最も憎む相手は、この黒岩だった。

「それで?俺はなにもしてないのが、あんたたちによって証明されただろう。だって秘書が誘拐された時、俺は牢屋にぶち込まれてたんだから。おかげで完璧なアリバイができた。ありがとよ」
「……黙れ!」

ギリッと奥歯を噛みしめて黒岩を睨みつける。

「お前は罪のない人を苦しめ、命を奪おうとしたんだ。自分の手を汚さず、涼しい顔でのうのうとしている間にな。俺は絶対に許さない。お前を法廷に突き出してみせる」

黒岩はフンと鼻で笑った。

「証拠なんてないだろう。あいつが勝手にやったことだ。俺は知らない、無関係だよ」

その時だった。
ドアが開き、矢島が一枚の書類と古いスマートフォンを手に入ってきた。

「朝比奈検事。あの常務が使っていた古いスマートフォンから音声ファイルが見つかりました。二年前の居酒屋での会話を、念のため録音していたようです。削除されていましたが、復元できました。今、再生します」

静まり返る取調室に、黒岩の音声が流れる。

『鮎川の弱点はあの秘書だ。鮎川は秘書に惚れてるよ。いいか、俺はこれからも社長の座を狙う。だがもしものことがあったら、その時は秘書を誘拐して身代金一億を要求しろ。彼女のためなら、鮎川はポンと一億くらいよこすだろう。成功報酬でお前にも半分くれてやる』

黒岩の顔が引きつる。
礼央は「決まりだな」と呟くと、高らかに正面から黒岩に告げた。

「誘拐の教唆、身代金目的略取未遂、そして社内資金の流用。黒岩正を三つの罪で起訴する」

ついに黒岩はがっくりとうなだれた。