この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

(さてと。これからどうしたもんか)

車で検察庁の庁舎に戻る道すがら、礼央はこれからのことを頭の中で整理する。
最初にこの件を訝しんだのは矢島だった。
いくつかの企業から「サーバーに外部から不正アクセスされた形跡がある」という相談を受けて、まずは矢島が調査を始めた。
そしてすぐに、なにかがおかしいと感じて上司に報告。
そこから地検特捜部に相談がきたのだった。

「送信ログが不自然に編集されていたり、内部ファイルが誰かに見られていたような痕跡があります。どれも非常に巧妙ながら、やたらと目立つのが気になって。なんと申しますか、わざとらしさがあります」

矢島の説明を聞きながら、礼央も顔をしかめた。

「つまり、煙幕だと?」
「ええ。本当の目的は別のところにある。それに被害企業が全てワンアクトテクノロジーズの周辺なのも気になります」

矢島の言葉に礼央も頷き、捜査を進める。
すると不可解な送金履歴が浮かび上がってきた。
サーバーへの侵入者が、会社の資産を暗号通貨ウォレットに不正に転送していた痕跡を発見。
しかも送金先のIPアドレスや通信ログから、マレーシア、ベトナム、フィリピンなど複数の中継サーバーを経由していたことも判明。
いよいよ国際的な犯罪の色が濃くなってきた。

「不正アクセス事件は、これを隠すためのおとり。おそらくワンアクト内部に協力者がいると思われます。社員かその家族、恋人の可能性も」

そう言って矢島はしばし思案する。

「本社のサーバーにアクセスして色々洗い出したいところではありますが、敵がどれほどの相手なのかわからないままでは感づかれるリスクが高い。リアルの表舞台で、本社の社員周辺に怪しい人物がいないか探ってみます」

意気揚々と語り、まずは社長秘書を通して社長の交友関係を探ろうとした結果がこれだった。

(まったくあいつときたら。全国の刑事ドラマファンをがっかりさせることこの上ない。だいたい検事の俺が現場に出て、刑事のあいつが部屋にこもってデスクワークにいそしむなんて、普通逆だろう? しかもあの身体つきなら、柔道の腕前も期待できん。あっという間に俺に投げ飛ばされるのが目に見えている。時代は変わったな)

とにかく、これ以上矢島に任せていてはロクなことにならない。
ここからは自分が先導して捜査を進めなければ。
それには先ほど知り合った社長秘書の存在がカギになる。
本来は秘密裏に調べたかったが、彼女には思わぬ形で知られてしまった。
ならばいっそ、今後の捜査の要とさせてもらおう。

(かと言って、対応には充分気をつけなければ。彼女が犯罪に関与している可能性もある。警察、しかも地検特捜部が動いていると知って、なにかのアクションを起こすかもしれない。それにさっきの彼女の様子も気にかかる)

具体的にどこがとは説明できないが、礼央は凜香がなにかを考え込んでいたように見えて気になっていた。
そもそも本社の社長秘書が、関連会社の不正アクセスについてなにも知らないとは?
知らないフリをしただけなのだろうか。
社長も知らない? それとも、知っているが秘書には話していないだけか。

(あの秘書、地検特捜部が関わるほどのことか? という疑問は的を射ていたし、さすがは矢島の尾行に気づいただけの事はある。それに、なにか思い当たるふしがあるようにも感じられた。彼女も何かが引っかかっている?)

だが油断してはならない。
彼女の素性はまだ明らかではないのだから。

(クロだとしたら、このあとの組織とのやり取りを考えていたとか? でももしシロなら……。なにか心当たりがあるのかも)

いずれにせよ、今後の彼女の出方次第でこちらも慎重に動かなければと、礼央は気を引き締めた。