この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

「なんだか外国の豪邸みたいですね」

車から降りると、大きな洋風の建物を見上げて凜香が呟く。

「会員制のゲストハウスなんだ。個室でゆっくり食事ができる。さあ、行こう」
「はい」

さり気なく差し出された手を借りて階段を上がると、重厚な扉の前で黒いスーツの男性スタッフがうやうやしくお辞儀をした。

「鮎川様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「こんばんは。急な予約だったのにありがとう」
「いえ、とんでもない。早速ご案内いたします。どうぞ」

開かれた扉から中に足を踏み入れると、まるで大富豪の住まいのようなゴージャスな空間が広がっていた。
天井には煌めくシャンデリア。
正面には豪華な生花と大きな壺。
その後ろに、緩いカーブを描く階段があった。
スタッフに先導されながら、凜香は社長に手を引かれて階段を上がる。

「社長。中世ヨーロッパの伯爵の館みたいですね」
「ははっ、おもしろいこと言うね。ひょっとして深月さん、前世は伯爵令嬢で、記憶があるとか?」
「まさか! 多分私、前世は人間じゃなかったと思うんですよね」
「ええ!? じゃあ、なんだったの?」
「おそらく、すずめです」
「すずめ? どうして?」
「電線のすずめを見ていると、親近感が湧くんですよ。それにふと、空を飛びたい衝動に駆られるし」

すると前を歩いていた男性スタッフが、限界だとばかりに肩を震わせながら振り返った。

「申し訳ありません。どうにも我慢できなくて……」
「え? どうかしましたか?」

キョトンとする凜香に、社長もやれやれと笑い出す。

「深月さんがまじめに語るすずめの前世がツボにはまったみたいだよ」
「ええ? どうしてですか?」
「その返しがまたおもしろいんだよ」
「……はあ」

階段を上がり切った男性スタッフは必死で表情を引き締めると、小さく咳払いをしてからドアを開けた。

「こちらです。どうぞ」
「わあ、すてき! 舞踏会でも開けそう」

宮殿の広間のような内装に、凜香は目を輝かせる。

「深月さん、やっぱり前世は伯爵令嬢ってことにしておこうよ」
「違うと思いますけど」
「いいから。一旦すずめは忘れよう。その方がディナーを楽しめるから」
「そうですね。では社長は、えっと、伯爵より上の階級ってなんですか?」
「俺は男爵かな」
「え、絶対うそです。男爵はおいもですもん。そうですよね?」

話を振られて、スタッフはまた笑いをこらえる。

「鮎川様は、おそらく公爵でいらっしゃるかと」

そう言ってスタッフは、優雅に身を屈めた。

「あ、そうですよ。公爵です、社長」
「残念。好きなのにな、男爵いも」

スタッフは「これ以上はご勘弁を」と言って、部屋を出ていった。