この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

静まり返った深夜のオフィス街。
暗い夜空に向かってそびえ立つワンアクトテクノロジーズの本社ビル。
その裏路地に、礼央は静かに車を停めた。
エンジンを切ると、マイクのスイッチを入れて報告する。

「こちら朝比奈。A地点到着。特に異常なし」

その声は、凛香の耳のイヤホンにも聞こえてきた。

『矢島です、了解。そのまま待機願います。予定通り二時十八分に警備室への遠隔操作を開始します』
「了解」

そのあとは、息を潜めてじっと時間になるのを待つ。
凛香はIDのネックホルダーを首にかけ、ノートパソコンの電源を入れて起動させた。

やがて車の中の時計が二時十七分になる。

『矢島です。開始一分前』

次々と別の警察官から『一斑異常なし』『二斑、同じく異常なし』と応答があった。

「朝比奈、異常なし。いつでも行ける」
『矢島、了解。……開始五秒前。四、三、二……。操作開始。警備室監視モニター、ループ再生。セキュリティーゲートの通知、フラグオフ。朝比奈さん、侵入開始を』
「了解」

礼央と凛香は互いに目配せすると、ドアを開けて車を降りる。
そのまま社員通用口まで走った。

「朝比奈、B地点到着。セキュリティーシステム解除する」
『お願いします』

礼央が小さく凛香に頷き、凛香はIDカードを電子ロックのパネルにかざした。
ピッと音がして、ランプが緑に変わる。

「ロック解除完了」
『了解。警備室異常なし。そのまま侵入願います』
「了解」

礼央は再び凛香と視線を合わせると、ドアをそっと開けた。
すばやく中に入り、階段を駆け下りる。

『矢島です。ドアオープン確認。ログ記録は仮想メモリ上に待機、リアルタイム通知は遮断中。三時ちょうどに自動復帰するので、それまでに離脱を』
「了解。今C地点に着いた」

地下駐車場に入ると、防犯カメラの死角になる大きなワンボックスカーの影に身を潜めた。
凛香はパソコンを開き、Wi-Fiを確認する。

「矢島さん、社内ネットワークに繋がりました」

胸元のマイクのスイッチを押してそう言うと、すぐさま矢島の返事がきた。

『了解、接続確認。今、深月さんの端末を通じて、こちらから通信ラインに乗りました。深月さん、そのままなにもしないで待っていてください』
「わかりました」
『社内のネットワークマップ確認中。サーバー構成出ました。経理システム発見、改ざんデータの保存先……これだな。いける。経理システム、侵入開始します!』

ゴクリと生唾を飲んで、イヤホンに集中する。

『おとりのデコイ発動、五秒前。四、三、二……、発動!』

しばし沈黙が続き、凛香は祈るように矢島の言葉を待った。

『…… 侵入検知ログ、ヒット! 裏のサーバーに接続確認。経理システム、侵入します。暗号化キー取得完了。……あった、これだ! 経理データの変更ログと暗号通貨ウォレット。今、吸い上げてます。取得完了!ログもウォレットの接続先も、証拠として押さえました。これで会社の金がどこに流れたかがはっきりする』
「よし、離脱するぞ。検知される前にログクリーン」
『了解。ログクリーン完了。痕跡全て消去。通信切断。朝比奈さん、退避を』
「了解。すぐに戻る」

礼央は凛香の肩を抱き寄せた。

「行こう」
「はい!」

しっかりと身体を寄せ合いながら、二人で来た道を戻る。
通用口のドアから外に出ると、一目散に車に乗り込み、礼央がすばやくエンジンをかけた。

そのまま二人は無事に警視庁へ戻った。