この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

「朝比奈さん? 今日は早いですね。すぐまたお戻りですか?」

マンションに着いて凛香の部屋を訪ねると、エプロン姿の凛香が驚いたように聞いてくる。

「いや、今日はもう上がりだ。あとは矢島に任せてきた」
「そうなんですね。よかったら夕食ご一緒にどうぞ。すぐできますから」
「ああ、お邪魔します」

靴を脱いで上がると、礼央はキッチンに戻る凛香の様子をそっと見守る。

(作戦を聞かされて、不安に駆られていないだろうか)

それが気になって、急いで帰ってきた。
平気なはずはない。
警察官でも、こんな任務を任されたら緊張せずにはいられないだろう。
一般の、ましてやまだ二十代の女の子が、平常心でいられるわけがなかった。

(今は平気でも、夜が更けると気持ちも滅入るかもしれない)

とにかく今日は、凛香のそばについていようと思った。

「お待たせしました。はい、今夜は天ぷらそうめんです」
「おっ、いいな」
「たくさん揚げたので、おかわりもありますからね」
「ありがとう、いただきます」

早速海老の天ぷらを口に運ぶと、サクッと小気味いい音がした。

「うまい」
「よかったです、揚げたてを食べてもらえて。矢島さんにも差し入れしたかったなあ」

ポツリとそう付け加える凛香に、礼央は思わず視線を上げる。

「矢島のこと、好きか?」

言ってからハッとした。

(俺は今、なんて……?)

すると凛香はにっこり笑う。

「はい、好きです」

今度は驚きのあまり固まった。
もはや、なにも言葉が出てこない。

凛香は伏し目がちにしみじみと話し出す。

「私、矢島さんの想いに胸を打たれたんです。あんなにも優しくて真っ直ぐな人だったなんて」

矢島の、想い?
どういう意味だ?
もしや、彼女に気持ちを打ち明けたのか?
どんな気持ちを?

「矢島さんだけじゃなくて、鮎川社長も」

なに!? 社長にもなにか言われたのか?

「感謝してるんです。私の周りには、優しくていい人がたくさんいてくれる。私、皆さんのことが大好きです。もちろん、朝比奈さんのことも」
「…………は?」

ーー大好きです、朝比奈さんのこともーー

その部分だけが頭の中で何度もリフレインする。

「だから、なんとしてでもがんばらなきゃいけない。そう思っています」

ハッとしてようやく現実に引き戻された。
凜香は自分に言い聞かせるように、ギュッと唇を引き結んでうつむいている。

礼央は箸を置いて深く息をつき、凜香に言い聞かせた。

「無理にがんばろうとしなくていい。なにも心配するな。俺がずっとそばにいるから」

凜香はそっと視線を上げる。
その瞳が潤んでいて、けれども必死に涙をこぼすまいとしているのがわかった。

「いいか? 決して忘れるな。俺と矢島はいつだって君を守っている。絶対に君を傷つけたりしないと誓う。信じられるか? 俺と矢島を」
「……はい。信じます」

健気に真っ直ぐに礼央に頷いてみせる凜香に、礼央の胸はキュッと痛んだ。

「必ず犯人を捕まえて、君を幸せな日常に戻す。あと少しの辛抱だ」
「はい」

そうだ、必ず彼女をもとの生活に戻してみせる。

(犯罪なんて無縁な、俺たちとは違う世界に)

凜香の幸せは、自分からは遠い所にある。
そう気づいた瞬間、礼央の心に暗い影が射し込んだ気がした。