この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

二十一時頃。
夕食を終えてローテーブルでパソコンに向かっていた凜香は、ピンポンとチャイムの音がして顔を上げる。
インターフォンのモニターに、礼央が映っていた。

「朝比奈さん、今開けますね」

ボタンを押してそう返事をしてから、玄関のドアを開ける。
いつものように白いワイシャツを腕まくりして、髪も無造作に下ろしている礼央が立っていた。
だがその身体からふわりと良い香りがして、凜香は不思議に思う。

「こんばんは。今お仕事から帰って来られたんですか?」
「いや、シャワーと着替えに寄っただけだ。これからまた署に戻る。その前に君の様子を見ておこうと思って」
「そうだったんですね。ちゃんと睡眠取れてますか?」
「まあ、仮眠室で時々は」
「そんな……。あ、お食事は? もう済まされましたか?」
「そう言われればまだだが、まあ適当にする」

そんな調子の礼央に、凜香はため息をついた。

「朝比奈さん、せめてお食事はちゃんと食べてください。すぐに用意しますので」

は?と面食らっている礼央の腕を取り、凜香は中に招き入れる。

「そこに座っててください。温めたら運びますね」
「え? いや」

戸惑う礼央を尻目に、凜香はさっき作って残しておいたみそ汁と肉じゃがを温めた。
サラダやご飯と一緒にローテーブルに並べる。

「どうぞ。今、お茶も淹れますね」
「あ、いや」

パタパタとキッチンに戻ると、声をかけそびれた礼央が仕方なく手を合わせた。

「いただきます」
「はい、召し上がれ」

パクッとじゃがいもを口に入れた礼央は、一瞬動きを止める。

「もしかして、お口に合いませんでしたか?」

おそるおそる尋ねると、真顔で首を振られた。

「いや、美味しくて驚いている」
「え?」

真面目な口調で真剣に言われ、凜香はポカンとしたあと笑い出す。

「それはよかったです」
「五臓六腑に沁み渡るとはこのことだな」
「そんなに? 朝比奈さん、よほど食生活が乱れてたんですね」
「事件の捜査に入ると、生活は二の次になるから」
「そんな……。倒れないようにご自愛くださいね。身体が資本なんですから。って、朝比奈さん! よく噛んで食べてください」

次々と平らげてはみそ汁を流し込む礼央を、凜香は慌てて止めた。

「喉詰まっちゃいますよ。消化にもよくないです」
「すまん。身体が欲しているらしくて」
「ふふっ、子どもがおやつに夢中になってるみたいでした」
「はあ、うまかった。ごちそうさま」

満足そうに手を合わせてから、礼央は部屋を見渡す。

「なにか足りないものはあるか? 女の子が暮らすには殺風景だな」
「いいえ、充分です。こんな素敵なマンション、スーパーやガーデンもあって嬉しいです。色々とありがとうございました」
「いや、不自由させて申し訳ない。なるべく俺もここに帰ってくるようにするから、真夜中でもなにかあればすぐに知らせてくれ」
「はい。とっても心強いです」
「じゃあ、俺はまた署に戻るから」

そう言って礼央は立ち上がった。

「遅くまで大変ですね。私にできることがあれば、なんでもおっしゃってください」

玄関で靴を履く礼央に声をかけると、ふとなにかを考えてから振り返る。

「もしよければ、明日一緒に署に行って話を聞かせてもらえるか?」
「ええ、もちろん。私もすることがなくて暇ですから」
「わかった。じゃあ、明朝九時に迎えに来る」
「承知しました。お気をつけて」
「ああ」

キリッとした表情で出て行った大きな礼央の後ろ姿を、凜香は見えなくなるまで見送った。