捜査本部に戻ると、早速礼央は矢島と資料を広げる。
「まずは黒岩の横領を暴くぞ。深月さんが協力してくれることになった。彼女から内情を聞きつつ、怪しい点を片っ端から潰していこう。これは単なる社内の横領事件じゃない。国際犯罪組織サンクチュアリへの資金流入に繋がっている」
はい、と矢島も真剣に頷いた。
「黒岩もサンクチュアリと関わりがあるんでしょうか。それともフーメイの手下とか? まさか本当に恋人ってことはないですよね?」
「黒岩は、フーメイにとっては捨て駒だ。もしも警察の捜査が自分にまで及びそうになったら、フーメイは単なる黒岩の横領事件だと見せかけて逃げるつもりなんだろう。黒岩をしょっ引いても、サンクチュアリについてはなにも知らない。横領した金を愛人に貢いでいた、と供述して終わりだ」
「なるほど。不正アクセス事件も、黒岩は自分の横領をごまかすためだったと説明するんでしょうね。フーメイの入れ知恵通りに」
「いや、その前に、黒岩は横領を鮎川社長になすりつけるつもりだった」
「あ、そうか! 濡れ衣を着せるような細工もしていたんですよね。身に覚えのない請求が社長のサイン入りで、本社の経理を通じて行われていたり。それもきっと、フーメイの指示だったんでしょう。ホテルでフーメイが黒岩のことを、ワンアクトの社長と呼んでいたのも、きっとさり気なく周囲に鮎川社長と思い込ませるためですよね」
だがそこで、矢島はふと首をひねった。
「黒岩のメリットって、なんですか? フーメイに言われるがまま会社の資金をパソコンで操作して、いったいなんの得があるんでしょう。フーメイに好かれたいから、とか?」
礼央は即座に首を振る。
「中学生じゃあるまいし。六十近いオヤジが、そんな理由で危険をおかすか?」
「じゃあ、やっぱり金ですか?」
「ああ。それほど高額ではないにしろ、黒岩に金が流れている可能性は高い。だが黒岩の本当の狙いは、目先の金じゃない」
「え? それって……」
「ワンアクトの社長の座だ」
ハッと矢島が息を呑む。
「本社のトップになれば、傘下にある企業も含めた巨額の資金を自由に操れる。黒岩は鮎川社長をスケープゴートにして、ワンアクトを乗っ取る気だ」
矢島は呆然としつつ、思い出したように口を開く。
「確かに。最初に黒岩が不正アクセスの相談をしたのも、今思えば狙いはそこだったんですね。敢えて社長ではなく、副社長の自分が警察に相談した。自分は潔白で、怪しいのは社長だ、と匂わせる意図があったんでしょう」
「ああ。フーメイがマネーロンダリングに躍起になるそばで、黒岩は社長を陥れる小細工に必死だったはずだ。その観点から、本社の経理の記録を洗っていこう。俺の読みでは、黒岩はフーメイに貢ぐ小遣い程度の横領だけで、サンクチュアリのマネーロンダリングには一切関与していない。フーメイが自ら遠隔操作していて、黒岩はそれすらも知らなかったはずだ。よもや愛人が国際指名手配犯で、巨額の金を犯罪組織に流しているとは夢にも思っていなかったに違いない」
「……その根拠は?」
「あのオヤジ、そんな肝っ玉の据わった男には見えない」
「ぶっ! まさかの見た目ですか?」
矢島は驚きつつ笑いをこらえている。
「想像してみろ。壮大なサスペンス映画を観ていて、ラストの黒幕の登場シーンであのたぬきオヤジが現れたら? ガクッとズッコケるぞ」
「確かに! ラスボスの貫禄は微塵もないですね」
「だろ? 黒岩はフーメイのポイ捨て愛人だ」
「うんうん。まさにその表現がぴったり」
「よし、だいたいの筋は見えてきた。あとはしっかり証拠を押さえていくぞ」
はい!と矢島は気合いのこもった返事をした。
「まずは黒岩の横領を暴くぞ。深月さんが協力してくれることになった。彼女から内情を聞きつつ、怪しい点を片っ端から潰していこう。これは単なる社内の横領事件じゃない。国際犯罪組織サンクチュアリへの資金流入に繋がっている」
はい、と矢島も真剣に頷いた。
「黒岩もサンクチュアリと関わりがあるんでしょうか。それともフーメイの手下とか? まさか本当に恋人ってことはないですよね?」
「黒岩は、フーメイにとっては捨て駒だ。もしも警察の捜査が自分にまで及びそうになったら、フーメイは単なる黒岩の横領事件だと見せかけて逃げるつもりなんだろう。黒岩をしょっ引いても、サンクチュアリについてはなにも知らない。横領した金を愛人に貢いでいた、と供述して終わりだ」
「なるほど。不正アクセス事件も、黒岩は自分の横領をごまかすためだったと説明するんでしょうね。フーメイの入れ知恵通りに」
「いや、その前に、黒岩は横領を鮎川社長になすりつけるつもりだった」
「あ、そうか! 濡れ衣を着せるような細工もしていたんですよね。身に覚えのない請求が社長のサイン入りで、本社の経理を通じて行われていたり。それもきっと、フーメイの指示だったんでしょう。ホテルでフーメイが黒岩のことを、ワンアクトの社長と呼んでいたのも、きっとさり気なく周囲に鮎川社長と思い込ませるためですよね」
だがそこで、矢島はふと首をひねった。
「黒岩のメリットって、なんですか? フーメイに言われるがまま会社の資金をパソコンで操作して、いったいなんの得があるんでしょう。フーメイに好かれたいから、とか?」
礼央は即座に首を振る。
「中学生じゃあるまいし。六十近いオヤジが、そんな理由で危険をおかすか?」
「じゃあ、やっぱり金ですか?」
「ああ。それほど高額ではないにしろ、黒岩に金が流れている可能性は高い。だが黒岩の本当の狙いは、目先の金じゃない」
「え? それって……」
「ワンアクトの社長の座だ」
ハッと矢島が息を呑む。
「本社のトップになれば、傘下にある企業も含めた巨額の資金を自由に操れる。黒岩は鮎川社長をスケープゴートにして、ワンアクトを乗っ取る気だ」
矢島は呆然としつつ、思い出したように口を開く。
「確かに。最初に黒岩が不正アクセスの相談をしたのも、今思えば狙いはそこだったんですね。敢えて社長ではなく、副社長の自分が警察に相談した。自分は潔白で、怪しいのは社長だ、と匂わせる意図があったんでしょう」
「ああ。フーメイがマネーロンダリングに躍起になるそばで、黒岩は社長を陥れる小細工に必死だったはずだ。その観点から、本社の経理の記録を洗っていこう。俺の読みでは、黒岩はフーメイに貢ぐ小遣い程度の横領だけで、サンクチュアリのマネーロンダリングには一切関与していない。フーメイが自ら遠隔操作していて、黒岩はそれすらも知らなかったはずだ。よもや愛人が国際指名手配犯で、巨額の金を犯罪組織に流しているとは夢にも思っていなかったに違いない」
「……その根拠は?」
「あのオヤジ、そんな肝っ玉の据わった男には見えない」
「ぶっ! まさかの見た目ですか?」
矢島は驚きつつ笑いをこらえている。
「想像してみろ。壮大なサスペンス映画を観ていて、ラストの黒幕の登場シーンであのたぬきオヤジが現れたら? ガクッとズッコケるぞ」
「確かに! ラスボスの貫禄は微塵もないですね」
「だろ? 黒岩はフーメイのポイ捨て愛人だ」
「うんうん。まさにその表現がぴったり」
「よし、だいたいの筋は見えてきた。あとはしっかり証拠を押さえていくぞ」
はい!と矢島は気合いのこもった返事をした。



