この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

静けさの中、なんとか集中力を保っていたが、作業がひと区切りつくと正面にいる凛香が視界に入ってきた。
髪をハーフアップでまとめ、真剣な眼差しでパソコンのキーボードに指を走らせている。
夏らしく涼し気なブラウスは、袖がふわっと軽く揺れ、そこから凛香の白くて細い腕がスラリと伸びて美しい。

(若くして大企業の社長秘書を務めているってことは、かなり優秀なんだろうな)

そう思い、先ほどもらった資料を再び手に取った。
おそらく社長に指示されたのではなく、凛香が自ら作ったのだろう。
見やすくわかりやすい資料は、凛香の性格が表れているようだった。

(仕事はバリバリこなすけど、高飛車なところはまったくない。にこやかで、細やかに気遣ってくれる。鮎川社長も、彼女を信頼しているのがよくわかった)

社長室で、凛香と鮎川が並んで座っていた様子を思い出す。
歳は離れているだろうが、雰囲気はお似合いの二人だった。
ふと、矢島が金曜日の懇親会で言っていたセリフが脳裏に蘇る。

「うわー、美男美女! つき合ってるのかな?」

もしかしたらそうかもしれない。
そう考えた途端、礼央は気もそぞろになった。

「あの」
「はい」

思わず話しかけてしまい、しまったと思う暇もなく凛香が顔を上げる。

「……体調はもう大丈夫か?」

え?と首をかしげたあと、凛香は微笑んだ。

「はい、大丈夫です。金曜日はお世話になりました」
「いや、こちらこそ。捜査に集中するあまり、強引なことをして申し訳なかった」

凛香は、なんのことかと言いたげに目をしばたたかせる。

「君に、不愉快な思いをさせてしまったから」
「えっと……?」

視線を外して考える素振りをしてから、凛香は思い当たったように顔を上げた。

「いえ、大丈夫です。私こそ、上手くお芝居できればよかったんですが、慣れてなくて戸惑ってしまって……」
「いや、こちらが悪かったんだ。君のパートナーにも申し訳ないことをした」
「私の、パートナー? あっ、私、誰ともおつき合いしていませんので、ご心配なく」
「そうか。いや、でも悪かった」
「もう本当に大丈夫ですから。それより朝比奈さん。お尋ねしてもいいですか?」
「ああ、なんだ?」
「朝比奈さんは、確信していますか? 黒岩副社長が……横領していると」

真剣な口調で聞いてくる凛香に、礼央はちらりと視線を向ける。

「……君は?」

短く返すと、凛香は視線を伏せた。

「こんなことを言うのははばかられますが、朝比奈さんたちが捜査に乗り出してくださるのですから、私も正直にお話しします。私は以前から、黒岩副社長の経理には不審感を持っていました」
「具体的には?」
「経費として、高額なコンサル料や外注費を支払っているんです。明細には《マーケティング研修料》や《コンサルティング監修費》《ブランディング相談料》など、曖昧な名目で。他にも接待としての食事代や、出張としての交通費、宿泊代は言うまでもありません」
「……調べてみたことは?」
「私は経理部ではないので、あまり詳しいことまでは把握していません。ですが、支払い先の企業をホームページで検索してみたことはあります。ペーパーカンパニーを疑いましたが、業務内容や所在地などは特に怪しい点はありませんでした」

礼央は両肘を膝に載せて両手を組み、ゆっくりと口を開いた。

「法人として登記されているものの、実際には事業を行っていないペーパーカンパニーは存在するし、必ずしも全てが違法であるとは限らない。だが……」

慎重に言葉を選びながらも、礼央は真っすぐに凛香を見つめた。

「俺は黒岩副社長の支払い先は、かなり違法性の高いダミー会社だと踏んでいる」

凛香はハッとしたように目を見開く。

「これからひとつひとつ、黒岩副社長の経理処理を洗っていく。会社にかかる経費として適切かどうか、果たして黒岩副社長はどこまでその支払い先と関わりがあるのか。それを見極めるには、この会社の社員の証言が必要だ。それを君に頼みたい」

じっと視線を合わせたまま語りかけると、凛香はしっかり頷いた。

「はい、わかりました。全面的に協力させていただきます」
「ありがとう」

互いに見つめ合ったまま、表情を引き締めた。