この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

エレベーターで最上階に着くと、ホテルのような雰囲気のフロアを進み、重厚な扉の前で凛香が立ち止まった。

「こちらです」

そう言ってから、扉をノックする。

「社長、深月です。お客様をお連れしました」

「どうぞ」と返事がきて、凛香が扉を開いた。

正面の大きなデスクの向こうで、端正な顔立ちの男性がにこやかに立ち上がる。
金曜日に、モニター越しに見ていた鮎川社長に間違いなかった。

「ご足労いただき、ありがとうございます。代表取締役の鮎川と申します」

礼央と矢島も名乗り、名刺を交換する。
促されてソファに座ると、凛香がコーヒーを運んできた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

ローテーブルに置かれたコーヒーが三人分なのに気づき、礼央は顔を上げる。

「よろしければ深月さんにも同席願いたいのですが」

すると鮎川も頷き、凛香を自分の隣の席に促した。

「では改めまして、不正アクセスの件についてご報告いたします」

矢島が切り出し、順を追って説明を始める。

「まず最初に、警察に不正アクセスについての相談の電話がかかってきたのですが、実は匿名での通報という形だったのです」

え?と、凛香は鮎川と顔を見合わせた。

「電話をかけた黒岩は、ワンアクトテクノロジーズの副社長だと名乗らなかったということですか?」
「そうです。しかもまとめてではなく、数日に分けて一件ずつの報告でした。あまりに何度も同じ声でかかってくるので、この電話自体が怪しく感じられますが、と担当者が話すと、ようやく名乗ったそうです。その時には既に、被害にあったのは全てワンアクトの関連会社だと判明しておりましたので、なぜ黒岩副社長が匿名で、しかも数回に分けて報告してきたのかが不可解でした。そこからは、地検特捜部も加わり、本格的に捜査を開始しました」

矢島は打ち合わせ通り、サンクチュアリとフーメイのことは伏せて話を進める。

「黒岩副社長は、鮎川社長に知らせず、独断で警察に相談してきたのですよね? それはなぜだと思われますか?」

聞かれて鮎川は視線を落とし、しばし逡巡してから顔を上げた。

「はっきり申し上げますと、私の存在を疎ましく思っているからだと思います。あわよくば、私の評価を落とせると。お恥ずかしい話ですが、私も副社長とは信頼関係を築けているとは言えません」
「そうですか。率直にお答えいただき、ありがとうございます。その方が我々も助かります。ところで、金曜日の懇親会でのことも、既に深月さんからお聞きになりましたか?」
「はい。黒岩が見知らぬ女性と一緒に、会社が押さえていた客室を利用したとか。それを聞いてこれまでの行いも疑い、本社の経理を少し調べてみたら、社長の私のサイン入りで身に覚えのない請求が行われていました」
「そうでしたか。改めて不正アクセスの件と合わせて、黒岩副社長を横領の疑いで捜査していきます」

矢島がそう告げると、凛香と鮎川は表情を引き締めた。
二人とも、恐れていたことがついに……と考えているのがよくわかる。

「今後、不正アクセスの件は鮎川社長と連絡を取り合うと、こちらから黒岩副社長に伝えておきます。現時点では、これといった被害は確認しておりません。今後も注意深く捜査を続けますが、どちらかと言うと横領の疑いで黒岩副社長の身辺を調べさせていただきたい」

矢島の言葉に、鮎川は覚悟を決めたように頷いた。

「承知しました。不正アクセスの件に関しては、社長の私から直々に全社員に向けて周知いたします。もちろん傘下の関連企業にも。これ以上、黒岩副社長の思うようにはさせません。そして必ず、彼の横領についても明らかにします」
「はい。お互いに連携を取って進めていきましょう。よろしくお願いします」
「こちらこそ、お手を煩わせてしまい申し訳ありません。できる限り協力させていただきます」

そう言うと鮎川は、隣の凛香に目配せした。

「深月さん、例の資料を」
「はい」

なにごとかと見ていると、凛香は書類ケースから取り出した資料を、ソファの前のローテーブルに置く。

「こちらは、副社長の黒岩が警察に相談した不正アクセスの詳細です。関連会社の名前と大まかな業務内容、具体的にどういった不正アクセスがあったのかをまとめました」
「おお、それはありがたいです」

矢島は手に取ると、礼央にも見えるようにページをめくっていく。
ずらりと並んだ社名ごとに、どんな分野の会社なのか、不正アクセス被害でどんな影響を受けたか、などが細かく記載されていた。

これはフーメイのマネーロンダリングの捜査にも役に立つ。
そう考えながら礼央は矢島とさり気なく視線を交わして頷いた。