この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】

月曜日に出社すると、凛香は社長を出迎えたあと、九時五分前にオフィスのロビーに下りた。
受付の準備をしている制服姿のスタッフに声をかける。

「おはようございます。これからお客様をお迎えするので、ビジター用の入館証を二枚お借りできますか?」
「あら、深月さん。かしこまりました。えっと、ゲストカードの記入はどうしましょう?」

本来なら訪問者に会社名と氏名、要件と訪問部署を書いてもらうのだが、今回は特別に凛香が書くことにした。
《深月凛香を訪問のお客様》と記入し、入館証を二枚借りる。
そのままエントランスの外に出て待っていると、大通りからスーツ姿の矢島と礼央が、ビジネスバッグを持って現れた。
いつもはワイシャツの袖を無造作にまくり、髪もナチュラルに下ろしている二人が、今は髪型をきちんと整え、爽やかな色のネクタイを締めている。

(わあ、お二人とも見違えちゃった。なんだかかっこいい)

矢島は凛香に気づくと、笑顔で足早に近づいてきた。

「深月さん、おはようございます。お待たせしました」
「おはようございます。本日はわざわざお越しくださって、ありがとうございます」

礼央にも挨拶すると、よろしく、と短く返される。

「深月さん、俺たち大丈夫ですか? ちゃんとカタギのサラリーマンに見えます?」

矢島が自分の姿を見下ろしながら、小声で尋ねた。

「ふふっ、はい。仕事ができるやり手のビジネスマンみたいです」
「よかった。朝比奈さんなんて、いつもの格好で行こうとしたんですよ? だから俺が髪の毛固めて、ネクタイも貸してあげたんです。こんな爽やかな水色のネクタイ、俺に似合うか! って拒否されたんですけどね」
「そうだったんですね。とてもお似合いだと思います」
「ですって! 朝比奈検事」

嬉しそうに振り返った矢島に、礼央はドスッとボディブローを入れた。

「しっ! 誰かに聞かれるだろう」
「あ、そっか。今日は俺たちビジネスマンですもんね。すみません、えーっと朝比奈部長」
「いちいち名前を出すな。さっさと歩け」
「ちょっと、ビジネスマンがそんなこと言ったら、パワハラで訴えられますよ?」
「うるさい! つべこべ言うな」

止まらないやり取りに苦笑いしてから、凛香は二人をエントランスへと促す。

「この入館証をセキュリティーゲートにタッチしてお通りください」

受付スタッフがカウンター越しに「いらっしゃいませ」とにこやかに頭を下げると、矢島もようやくキリッと表情を変えた。
凛香は、なるべく社員の目に触れないよう、ひと気のない通路を通ってエレベーターホールに向かった。