紫陽花の憂鬱

 今は紫月にそんな人はいないし、そういう経験を積めた試しもない。でも、それを想像したら温かい世界が広がっていた。だから少し、信じてみたい。

「そう…だね。そうかも。そういう人は…好き、かな。」
「そっか。じゃあ大丈夫だよ。」

 そう言って日向は微笑んだ。その優しい笑みにつられて、紫月も気が付けば笑っていた。紫月の笑顔を見た日向は、紫月から少し視線を外して頭を軽く掻いた。

「あー…あのさ、嫌だったら断ってもらってもいいんだけど。」
「ん?うん、何?」

 紫月が見上げた先の日向の目が、なぜか急に泳いでいる。さっきまで真っすぐ目を見て話してくれていたのに、突然の挙動の変化に、紫月の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになる。

「あの…どうかした?」
「…ちょっとさ、頭、撫でても、いい?」
「え、えっ!?」

 頭を撫でるというのは、いわゆるよしよしみたいなものだろうかと考えて、紫月の頬が赤く染まる。耳まで熱くなってきた。

「いきなり触ったらびっくりするじゃん?セクハラにもなるしさ…。なんか、無性に…撫でたいなって思っちゃって。うち、下に妹とか弟とかがいるって話したじゃん?なんだろう、そういうお兄ちゃん気分なのかな…。」

 なるほど、と合点がいった。日向は紫月が落ち込んでいる姿が年下の弟妹に重なって見えて、慰めてくれた。きっとそうだ。日向は慰めるとき、きっと頭を撫でて最後まで付き合ってくれたのだろうことは、容易に想像できた。それならば。

「…じゃあ私も、妹気分になればいいのかな?」

 クスっと笑う紫月の表情に、今度は日向が少し頬を染めた。

「いいよ。今日はお兄ちゃんに甘えます。…同い年だけど。」

 そう言って紫月は頭を撫でやすいようにと思って、目を閉じて軽く下を向いた。