紫陽花の憂鬱

「告白されて付き合ったの?」

 その問いに、紫月は静かに頷いた。

「…好きになりたくて、付き合った?」

 上手い言葉だと、そう思った。まるで紫月が告白されたときを見ていて、その時の心の中を覗いていたかのようにしっくりくる。一度小さく頷いて、紫月は重くなってしまった口を開いた。

「…その前提がだめなのかもね。相手をもっと知ったら、より好きになれると思ったんだけど。」
「だめじゃないでしょ。最初から大好き、みたいになれるほど、社会人で出会った人との最初の距離は近くないと思うよ、俺は。」

 もっと否定されたり、そうじゃなくてこうなんじゃないと言われたりするかと思っていたため、紫月は驚いて顔を上げた。日向の口からは紫月の意見を『それでいい』と肯定してくれるものしか出てこない。

「え、なんか変なこと言った、俺?」
「あ、ううん。違うの。あの、もっとダメ出しというか、そういうところが良くなかったんじゃないみたいな話をされるかなって思ってて。」

 口に出してから、それはそれで日向に対して失礼なのではと思い当たってパッと顔を上げた。

「ご、ごめん!あの、違うからね、日向くんが人の意見を否定しない人っていうのはわかってるし、その、元彼みたいな人だと思ってるわけでもなくて…でも、失礼なこと言った。ごめんなさい。」

 頭を下げた先に、マグカップの中身が見える。半分くらいなくなった水面が、かすかに揺れた。

「そんな風にとってないよ。でもそっか、梅原さんはもしかして、今までその…プライベートな場面ではだめだよとか違うよとか、そういうことをたくさん言われてきたのかな。だからそういう考えになるのかも。」
「…重ね重ね、ごめんね。」
「謝ってもらうようなこと、全然言われてないよ。それに、梅原さんが間違ってるともだめだとも思わない。大体ね、自分の意見と違ったら相手がだめってことがおかしいんだよ。相手と自分は違う生き物なんだから、意見の違いは正当で、でもそれで終わっちゃったら平行線だから話し合うんでしょ?」

 普段の語り口とは全く違う日向に今日は驚いてばかりだ。いつもよりも早口なのにしっかりとその言葉一つ一つが耳に届くし、じわじわと涙腺を刺激してくる。