紫陽花の憂鬱

 静かになった空間の空気を震わせたのは日向だった。

「その先の『なんで』を聞いても大丈夫?」

 一度目を伏せた紫月は、日向の方にゆっくりと目を向けた。そして一呼吸おいてから口を開いた。

「…そうだね。同期のよしみで甘えさせてもらおうかな。日向くん、口堅いし。」
「うん。どーんと甘えて。…じゃあさ、とりあえず今日は終わりにしよう。それ、明日までじゃないし。明日必要なものはもう終わってるでしょ?」
「うん。」
「なんか飲み物淹れよっか。今日はみんな退勤早くて誰もいないし。俺たちも打刻だけして、一杯分だけ話そうよ。何飲む?」

 ポケットから出したスマートフォンで打刻を済ませた日向は再び視線を紫月に向けた。

「マグカップ、もらうよ。」

 気が付くと、紫陽花が描かれた紫月のマグカップは日向の手の中にある。打刻を済ませるためにスマートフォンを握っていた紫月は一歩出遅れた。

「や、やるやる!自分でやるよ!」
「いいって。座ってて。何飲むの?あっ、なんかフルーツティーのスティックあるよ。これにする?」
「じゃあ…お任せで。」
「オッケー。とりあえず話す内容でも考えててよ。」

 楽しくない話のネタしか持っていない自分が、今は少し嫌だ。優しくて気が利いて、話すのも聞くのも上手な日向を付き合わせていいものかと迷う気持ちもある。

「お待たせ。」

 コトンと置かれたマグカップからは、柔らかく苺の香りがした。

「ストロベリーティーがラス1だったから、梅原さんはそれにしたよ。」
「ありがとう。…いい香り。」

 マグカップから立ち上る湯気を少しだけ吸い込む。そしてそっと口に含むと、ほのかな甘さが口の中にじわりと広がった。香りも相まって心がほぐれていくような気持ちになる。ふぅと息を吐くと、自分はずいぶん疲れていたのだと知る。