紫陽花の憂鬱

「…え…?」

 紫月は思わず手を止め、日向の方を見つめた。

「嫌なことが、あった?」

 トーンとしては重たく聞こえすぎないような、それでいてふざけて聞いてるわけではないことが伝わる程度には静かな声で問われる。普段の日向らしくない声と、一瞬で変わった硬い表情に紫月は自分の考えを改めた。

「…そうだよね、日向くんは逃がしてくれないよね、こういう時。あーあ、つかまっちゃった。鋭いね、ほんと。」

 響いた紫月の声に冷たさはなく、少しの安堵が滲む。気付かれたくなかった気持ちもある。しかし、見つけてもらいたかった気持ちも多分、同じようにあった。自分というものは矛盾でできている、なんて思いながら紫月は笑みを返した。

「逃がさないこともないけど、話したいなら聞くよ。話したくないなら無理には聞かない。完全にお節介だし、こんなの。ただ、なんで目が腫れてるのかなってのは気になったから、差し支えなければ教えてほしい、かな。」

 段々言葉尻が小さくなっていく様子が少しおかしくて、そのおかげでシリアスな空気にならずに済んでいる。重い空気にしないように、日向がしてくれている。

「寝不足も正解。あとはまぁ、泣いたから、だね。しかもただ流してればよかったのに、思わずちょっと擦っちゃった。…そして朝、後悔した。」

 再び笑顔を向ける紫月に、日向は自分のシャツの胸のところを軽く掴んだ。同期入社し、何かと一緒にやるものが多い紫月のことはおそらく人一倍見ているという、誰にも自慢できない自負が日向にはある。仕事をしているときは迷いや無駄がなく、自信に満ちているのに、時折見せるため息をつく姿や、横顔に含まれる感情が読めなくてつい目で追ってしまう人、それが日向にとっての紫月だ。そんな紫月が無理をして笑っているように見えて、日向の方が苦しくなる。