紫陽花の憂鬱

「き、記憶力がいいのが取り柄なんですけど!」

 何とか絞り出せて言えた言葉は、余裕のあるように見える日向に対する悔しさの滲むものだった。

「うん、知ってる。忘れられないだろうなって知ってて言ってるよ、全部。」
「明日も仕事なのに…!?」
「うん。でも、今日みたいに泣き腫らした目で明日来ることはないでしょ?明日俺、一日外だし、近くにいて気まずいみたいなこともないはず、多分。」
「多分!」

 何枚も上手な日向はニッと口角を上げて笑う。ちょっとムッとしたような顔をした紫月が、じっと日向を見つめる。

「怒った?怒っても今のところ可愛いだけだから、あんまり効果ないよ?」
「…なんか、私のことからかって楽しんでない?その顔。」
「新鮮な反応見れて楽しいのは本当だけど、からかってはないよ。…ただ、今日色々話を聞いて、梅原さんの周りを取り巻く環境とか、そういうものを知って、我慢するのがバカらしくなっただけ。」

 さっきのいたずらっ子のような笑みではなく、今度はいつも通りの落ち着いた柔らかな笑みが紫月に向けられた。

「多分、ただの同期としか思われてないだろうなとか、俺には高嶺の花だよなとか、そういうどうでもいいことを考えるのをやめようって思ったから、実は思ってたこと、考えていたことを言うって方向にシフトしたの。…思い当たってるけど、自信がなさそうな顔だね。…じゃあ、はっきり言うね。」
「ま、待って!」
「大告白とか、まだしないよ?」
「まだってことはいつかするってこと?」
「鋭い!…でもそのいつかは、今じゃないってのはちゃんとわかってる。それに、梅原さんがずっと考えてた『好き』ってどういう気持ちなのかっていうところも、梅原さんの中でちゃんと決着をつけたいだろうなって思うし。俺もね、今すぐに大好きだよって言えるほど、梅原さんのことを知らないから、それはまだ言えない。でも、泣いてたら泣かないでほしいって思うし、辛い時は相談してほしいし、気になったら踏み込みたいし、…欲を言えば、プライベートな時間もちょっと会いたい。そのくらいの『気になる』気持ちはあります。」

 知らないことを知りたいと思う。できれば、それを嫌だと思わずに付き合ってくれる誰かと。そんな気持ちを抱えて、紫月は日向の言葉に見合う言葉を返すために、ゆっくりと口を開いた。