紫陽花の憂鬱

「えっと…気にかけてたというか、心配をして気にかけたというよりはあの、私よりずっとちゃんとしてるし、仕事もできるし、いろんな人とすぐ仲良くなって話せてすごいなとか、そういう…えっと、上手く言えないんだけど、すごい人なんだなって思って一緒に仕事をしてきた感じ、かな。」
「…全然、すごくないよ。たまたま大家族に生まれて、年の離れた弟妹が多くて、長年お兄ちゃんやってたってだけ。それで身についたスキルが仲裁に役立ったり、人と話すことに臆することがなくなったりしたかなくらいなものだよ。一人暮らしになったら普通にだらけてるし、休日は人間関係に疲れて引きこもったりするし。…それでも俺はすごい人?」

 『自分にはできないことを、何でもないようにこなしてしまう同期』が突然、身近な人になったように思える。休日に引きこもっているなんて意外だった。友達も多そうだし、人とたくさん会っているのだと勝手に思っていた。

「…意外な事実…。」
「ちゃんと疲れてるよー俺だって。みんなが嫌だって思ってる人と話すの、別に俺だって普通に嫌だからね。でもまぁ誰かがやらなきゃいけなくて、相手も不快にさせずにいけそうだなって時はやるよ。だって怒らせたら面倒だし。」
「それでちゃんとできるし、やりますって言えるところが眩しいんだよ。」
「…まぁあとは単純に、頼りがいのある人だと思ってほしいとか、かっこいいじゃんこの人って思ってほしいみたいな、そういう打算だってなくないよ。」
「それはいつも、思ってるよ。」
「え?」

 紫月の言葉に動揺して、思わず声が漏れたのは日向の方だった。

「いつでも頼れて、かっこいいです、日向くんは。」

 日向が小さくあげた「う…」という声にならない声は、夏が始まりそうな空気の中に静かに溶けた。紫月のことが直視できなくなった日向は、片手で顔を覆っている。

「えっ?日向くん?」
「…今のが素で出てきちゃうから…梅原さんの方が眩しいんだよ。」

 目を覆った日向に驚いた紫月が一歩、日向の方に近付いた。道端の紫陽花に緑のスカートの裾が触れ、小さくシミができた。