彼女は、父・母・兄・弟の5人家族だった。

父親は、家族の長男である彼女の兄に電話を掛け、事情を説明し、母親に伝えるようお願いした。

兄はやけに冷静で、彼女が亡くなったと告げられ、長い沈黙を挟んだ後、「……分かった」とだけ言って電話を切った。

母親が彼女の死を知ったのは、その日の夕方だった。



「もしもし、母さん」

『どしたんー。元気してる?』

兄は同じ関西圏内に住んでいたが、家を出てからは忙しく、なかなか母親とも会って食事をする機会がなかった。

久しぶりの息子からの電話に、母親の声はどこか嬉しそうだった。

「………」

長い沈黙が流れる。

母親はすぐに異変を察した。

言葉を発しようとした瞬間、兄が重い口を開く。

「……朝日(あさひ)が死んだ」

『……え?』

「朝日が……自殺したって」

『………へ?』

「……」

『……だ、誰がそんなん言うてたん……』

「父さん。今朝連絡が来て、母さんに伝えてって。何度か電話したけど出ぇへんかったから、今になってしまった」

『………え………ちょっと。……実家、行ってくるわ』



この日、母親は朝から身体がだるく、慢性的な片頭痛に耐えられず会社を早退していた。

胸が締めつけられ、心拍数が急に上がる。

血の気が引いていく感覚に足が震える。

誕生日に娘からもらったiPhoneと財布だけを手に取り、原付バイクにまたがった。

実家まではおよそ15分。

道中、信号も景色も目に入らない。

頭の中では同じ言葉だけが繰り返される。

事故でもなく、怪我でもなく――もう死んでいるなんて現実は信じられない。

受け止められない。

母は願った。

嘘であってほしいと。

生きていて、と。