第1発見者は実の父親だった。
運送業を勤める父親が彼女を発見したのは、彼女が命を絶ってから約1週間後の午前10時頃。

7月某日、彼女が命を絶った翌朝、自宅前には娘が使用している原付バイクが停まっていた。「今日は仕事が休みなんだ」と思った父親は、スマートフォンの操作方法を教えてもらおうと、2階の寝室のドアを1度だけノックする。
しかし、返答がないため、寝ているのだろうと判断し、それ以上は気に留めなかった。

その2日後の早朝5時頃、仕事から帰宅した父親は、この日も原付バイクが停まっているのを確認していたが、長距離運転で疲れていたため、夕方の業務に備え、1階の寝室で仮眠を取ることにした。
イヤホンで音楽を流しながら、娘の部屋を訪れることもなく眠りについた。

夕方6時前後、関西から関東への配送業務のため、父親は泊まり込みで成田に向かわなければならなかった。「明々後日に帰ります。戸締りよろしく」――娘に向けてそうLINEを送信する。
既読も返信もないままだったが、普段から既読無視・未読無視は珍しくなかったこともあり、特に気にしなかった。

家を空けてから3日後、深夜2時。成田からの帰宅後も2階には上がらず、風呂にも入らず、そのまま1階の寝室で就寝。
翌朝9時50分。2階のリビングにある固定電話の音で目が覚めた父親は、慌てて階段を駆け上がり、電話に出る。

娘が勤めていた派遣会社の担当者を名乗る男からだった。
「朝日さんが3日間、無断欠勤しており、携帯電話にも連絡がつかない。固定電話にも何度もかけていましたが、本日ようやく繋がりました。娘さん、ご自宅にいらっしゃいますか?」

この日も原付バイクがあったことから、父親は娘が家にいるものだと思っていた。
さらに担当者はこう続ける。
「朝日さんは非常に真面目で、これまで無断欠勤など一度もありません。派遣先からも“何か事件や事故に巻き込まれたのではないか”と心配されています」

事態の異変さに気づき、寝起きのまま頭が混乱した状態で、慌てて2階の娘の部屋のドアを開ける。

心臓が、掴まれたように震えた。

そこには、変わり果てた娘が背を向けたまま、宙に浮いていた。

真夏の朝。
娘の部屋の中は凍えるほど冷たく、冷房は最低温度に設定され、強風が部屋の隅々まで吹き荒れていた。
その冷気とともに、腐敗臭が鼻を突く。

セミの鳴き声、リビングの受話器越しから微かに聞こえる保留音、そして静かに降る雨の音が、頭の中で耳鳴りのように混じり合い、止むことなく響いていた。

宙に浮いた彼女の足元には、布団、新聞紙、ゴミ袋、バスタオルの順に、何十枚もの布が床一面に丁寧に敷き詰められていた。
父親が足元を見下ろした先には、「遺書」と書かれた茶封筒が静かに置かれていた。
そのすぐ横には通帳と印鑑が並べられ、何かを語りかけるように、整然と配置されていた。