♪〜♪〜♪
「はーい、もしもし」
『………あ、夏暉?』
「はいはい。郁ちゃん、どしたん?」
『うーん……落ち着いて聞いてほしいんやけどさ……』
相手の口調を気に留めることもなく、男はポケットからライターを取り出し、タバコに火をつけようとした。
「うん、何?」
『……後輩から連絡があって……聞いたんやけど……朝日が……』
その名前に、男の心臓が一瞬だけ跳ねた。
呼吸が浅くなる。
嫌な予感が、身体の芯を締めつけた。
それでも平静を装い、努めていつも通りの声で返す。
「……ん?朝日がどうしたん」
『俺もさっき聞いたばっかで……信じられへんねんけど……』
数秒の沈黙。
駅のホーム。
風を切って電車が通り過ぎていく。
『――――朝日が……』
雑音にかき消された言葉の断片が耳に届いた瞬間、指先で持っていた煙草が滑り落ちた。
「……え……」
『朝日が亡くなったって。……自殺したんやって』
思考が止まった。
時間が凍りつく。
男が彼女の訃報を知ったのは、発見の翌日、午後9時半過ぎ。
仕事終わりに駅のホームの喫煙所で、同僚からの電話を受けたときだった。
通話を切ると、男はすぐに携帯の連絡先を開いた。
震える指で、ひとつの番号を押す。
――出ろ。
出てくれ。頼む。
無機質なコール音だけが、延々と鳴り続けた。
やがて、彼はスマホを握りしめ、ぽつりと呟く。
「朝日……」
こぼれた涙が頬を伝い、彼はその場に崩れ落ちる。
両手で顔を覆い、声を殺して泣いた。
この男――名前は大矢夏暉。
彼女が新卒で入社した会社の上司であり、妻子のいる身でありながら、彼女と不倫関係にあった過去を持つ。
数年前に関係を断ち、連絡も途絶えていた。
だが、彼女の死が報じられたことで、封じ込めていた過去が再び掘り起こされる。
数年前に不倫関係は解消しており、関係を絶ってもうすぐ2年になろうとしていた。
彼女の死をきっかけに隠されていた真実が明るみになるのだが、もしかしたらと疑いの眼差しで見ていた者たちへは確信というとどめの矢が刺さる。
その後、この男は勤めていた会社にある噂が広まり、役職や居場所が無くなってしまったことをきっかけに、退職し、自身の父親の会社を手伝うことになる。



