さよなら、痛みの恋 ― そして君と朝を迎える



 ――紗夜が、泣いていた。


 それを初めて目の当たりにしたのは、春先の帰り道だった。

 会社の裏手、自販機の前で。うつむいて、両手で顔を覆って、肩を震わせていた。


「……紗夜?」
 

 声をかけた瞬間、彼女はとっさに笑ってごまかそうとした。

 いつもみたいに、何でもないよって。

 でもそのとき、俺は確信した。

(何かが、おかしい)


 彼女の細い手首。長袖からわずかにのぞく痣。会話中にふと怯えたような瞳。
 幼なじみだからってだけじゃない。誰よりも、彼女を知っている自信があった。

 けれど、俺は怖かった。

 問い詰めたら壊れそうな気がして。
 守りたいのに、どうすればいいか分からなかった。