「じゃあ……いってきます」
その朝、紗夜はいつになく晴れやかな声で玄関に立った。
シャツの襟元を整えてくれる悠真の指先が、優しく頬に触れる。
「行ってらっしゃい、紗夜。無理しすぎるなよ」
この数日、ふたりは「恋人」として同じ時間を過ごしていた。
それでも、関係が変わったからといって急に何かが大きく動くわけではない。
それが、紗夜には心地よかった。
小さな朝食、くだらない話、笑い合える時間。
ただ一緒にいるだけで、毎日が愛しくてたまらなかった。
けれどその日、思わぬ再会が訪れる。
会社の帰り道。ひとりで駅へ向かう途中、向かいの歩道から声が飛んだ。
「……紗夜?」
息が止まりそうになった。
直哉――かつての恋人が、そこにいた。
やつれたような顔。けれど、その目はどこかねじれていた。



