彼女は、恋愛が怖かった。
高校時代、付き合っていた相手に浮気されたこと。それを周囲に面白おかしく広められたこと。あのときから、恋愛というものは彼女にとって「信じたいけど信じられない」対象になっていた。
——だから、真尋との関係も秘密にしていた。
それが彼の提案だったから。けれど、本当は彼女もその方が楽だった。誰にも言わなければ、壊れるリスクも少しは減る気がしたから。
「昼、空いてる?」
「うん……お弁当持ってきてるけど」
「じゃあ、屋上で。人、少ないし」
まるでいつも通りの会話。だが、結衣の胸の奥には、小さな棘が刺さったままだ。
——このまま、隠し通せるのかな。
真尋は優しい。誰よりも仕事熱心で、冷静で、けれど結衣の前では不器用なくらい真っすぐな人だった。だけど。
(私のこと、本当に好きなのかな)
口に出せない疑問が、いつも胸のどこかでくすぶっていた。
屋上。秋の風が吹き抜ける午後。
ふたりきりの空間で、真尋は何気ない表情で結衣の頭に手を乗せた。優しく撫でるように。



