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その夜、人気のないプロジェクトルームで二人きりになった。
「……来月から、シンガポール勤務になった」
真尋が静かに言うと、結衣はそっと頷いた。
「わかってた。でも、実際に聞くと……やっぱり寂しい」
「俺もだよ」
しばらく沈黙が続いた。
やがて真尋が、遠い目をしながら言った。
「……俺、実は昔、婚約してたことがあるんだ」
「えっ……?」
「三年前。大学の後輩。結婚寸前までいったけど、突然彼女が『あなたの人生の中に私がいない』って言って、去ってった」
彼は無表情で、続けた。
「たぶん、俺……誰かを心から信じるってことが、できてなかった。親が不仲だった影響もあると思う。だから、“失う前提”で関係を築くのが癖になってた……だけど、結衣と会って、変わったんだ」
結衣の胸に、あたたかくて痛い感情が湧きあがる。



