朝の会議が終わり、社内は昼休み前の静かなざわめきに包まれていた。
秋山(あきやま)結衣(ゆい)はパソコンの前でカチカチとキーボードを叩いていたが、集中力はすでに切れかかっていた。薄いブラウスの下で、心臓の鼓動がやけに早い。理由は、すぐ隣の席の男——佐伯(さえき)真尋(まひろ)の視線に気づいているからだった。
「結衣、ちょっとだけこっち向いて」
そう囁かれた瞬間、彼女の肩がびくりと震える。
「……なに?」
「髪、跳ねてる。ほら、ここ」
真尋は彼女の頬に触れるふりをして、指先でそっと彼女の髪を直した。まるで他人が見たら、ただの上司と部下のやり取り。だが、二人は——密かに付き合っていた。
「また社内で……」
結衣が低くつぶやく。
「バレてない。誰も見てないよ」
そう言いながらも、真尋の目は一瞬だけ鋭く社内を見回した。誰よりも用心深いのは、彼の方だった。結衣は不安げに視線を落とす。



