覚悟がなかったわけではない。特別怖いわけでもない。
(こんな大妖怪との戦いの末命を落とすなんて、陰陽師としては栄誉ですらあるのかもしれないけど)
ただ胸に宿るのは悔しさのみ。
この妖に一撃も入れられないまま死んだら、自分のやり方で人々を守ることは不可能だったのだと、親に陰陽師として認めてもらうなんて夢のまた夢だったのだと、証明してしまう。
(嫌だ、それは……)
苦しさで徐々にかすれてくる視界の中、じわりと涙がにじむ。
この男の冷え切った目に映る紫陽は、さぞかし情けない姿であろう。
このまま意識を手放してなるものか。
「っ」
紫陽は薄れゆく意識の中、這うようにして愛刀を拾う。そして最後の力を振り絞ってゆらりと立ち上がった。
そして、朦朧としたまま狗神に向かって刀を振り下ろした。速さも重みもない一撃。
だが……狗神の方も、完全に油断していたらしい。もしくは、妙な情けで一撃ぐらい受けてやろうと思ったのか。
浅く、何かを斬ったような感覚があった。
……同時に、首に掛かっていた力が一気に緩んだ。
「ぐっ……はっ、はっ」
どっと肺に流れ込んでくる空気。紫陽は大きく咳き込む。
徐々に視界がはっきりする。



