風のにおいが変わった気がした。
見慣れた道。
何度も通ったはずなのに、今日は胸の奥が、すこしきゅっとなる。
曲がり角の先——
そこに「パレット」は、もうなかった。
ボロボロの木の扉も、看板も、風に揺れるカーテンも。
何もない空き地だけが、ぽつんとそこにあった。
「……そっか。ほんとに、行っちゃったんだ」
思わずつぶやいた声は、風に溶けていった。
寂しい。
すごく寂しいのに、不思議と涙は出なかった。
——じゃあ、なんでこんなに胸がいっぱいなんだろう。
ポケットの中。
昨日の自分から届いた、『こころカプセル』の小さなメッセージ。
「ちゃんと選んできたじゃん、わたしは」
「もう、“いい子”じゃなくていい。ちゃんと、わたしとして笑えてるよ」
指先で文字をなぞりながら、ここねはふっと目を細めた。
たくさん迷って、泣いて、
それでも誰かに魔法文具を渡すたび、自分の中にも、ちいさな“魔法”が灯っていった。
店長が言っていた。
「君は、魔法を繋ぐ存在だった」
それが、少しだけわかった気がする。
わたしが、わたしでいていいって思えた。
そう思わせてくれた、あの不思議なお店。
——ありがとう、パレット。
——ありがとう、出会ってくれたみんな。
心の中でそっとつぶやいて、ここねはもう一度、何もない場所を見つめた。
すると、風に乗ってひらりと舞い降りた一枚の紙吹雪。
手のひらに落ちたそれには、小さな字でこう書かれていた。
「“魔法”は、旅をする。また、いつか。」
ここねはゆっくりと笑った。
さよならの先に、“またね”があるって、今なら信じられる。
「うん。またいつか」
静かに空き地に背を向けて、
未来への一歩を踏み出した。
——魔法は、たしかに、心に残っているから。
Fin.


