店内の片付けを終えたあと、ここねはカウンターの奥から
一冊のノートを取り出した。


《ふりかえりメモ》。
魔法文具屋での日々を、毎日少しずつ綴ってきた、自分だけの記録。


今日で、それも最後のページになる。


ペンを取り出し、ページを開くと、ふわっと甘いインクの香りがした。
自然と笑顔が浮かぶ。





——最終日。


今日で、パレットでの店番はおしまい。
たくさんのお客さんと出会って、たくさんの魔法文具を手渡した。
でも一番魔法をもらっていたのは、きっとわたしだったんだと思う。


わたしは最初、“いい子”でいなくちゃって思ってた。
誰かに嫌われないように、誰かの期待を裏切らないように。
でもそれって、どこかで“自分”を置いてけぼりにしてたのかもしれない。


パレットで出会った人たちが、
みんな悩みながらも“自分”を選んでいったみたいに、
わたしも、少しずつだけど、自分を選べるようになった気がする。


あのとき、勇気を出して一歩踏み出した自分に、ありがとう。


そして、パレット。
ありがとう。
また、どこかで会えますように。

——ここね





インクの余韻が消えるまで待ってから、そっとノートを閉じた。


ここねは立ち上がり、扉の前まで歩く。


夕焼けが消えた空の下、ガラス越しに街の明かりが瞬いていた。





「……よし」





カラン、と小さく音がして、
扉に**「CLOSED」**の札が下がった。


たったひとつの札なのに、胸にじんと染みていく。

だけど、涙じゃなくて——
あたたかい、ありがとうの気持ちが込み上げた。


明日からは、もうここにお客さんは来ない。
だけど、ここでの魔法は、たしかに誰かの中で生きてる。


自分の中にも、ちゃんと。


ここねはもう一度、札を見て、静かに微笑んだ。

そして、背筋を伸ばして店をあとにする。

歩き出す足取りは、もう迷っていない。