壁には、くすみカラーの万年カレンダーや、書いた言葉がそのまま「風」に変わって飛んでいきそうなペンが並んでいる。


奥の棚には、うっすらと光を放つノートや、開くとページがほのかに香るブックマーカー。
インクの瓶の中で小さな泡がぽこぽこと踊っていた。
まるで、誰かの“まだ言葉にならない気持ち”が、そっと浮かび上がってくるみたいに。


そんな空間の中、ここねは、「付箋ブック」の棚の前で、ぶつぶつ呟いていた。





「これは“ネガポジ付箋”……で、書いた悩みがちょっとポジティブに変換されるやつで……隣が“キズナスタンプ”、これは押した人とちょっと仲良くなれる……」





自信、ない。でも間違えるのは、もっと怖い。

ここねは、開店前の静かな店内で、何度も棚をまわって“商品紹介”の練習をしていた。


カウンターの下には、こっそり書きためている“接客練習ノート”。


『いらっしゃいませ!』『もしよかったら、お話、聞かせてもらえますか?』
『ここにある文具たち、気持ちにそっと寄り添ってくれるんです』


呪文みたいに、何度も書いて、何度も声に出してみる。
ちゃんとできるかな。あの店主のお姉さんみたいに、笑えるかな。


昨日までは、お客さんとして“すごいなあ”って眺めていた文具たち。
今はその棚の前に立つ、わたし自身が、このお店の“顔”になる。


そう思ったら、急に足がすくみそうになった。


ちゃんとできるかな?
間違えたらどうしよう。変なこと言っちゃったら?


でも——
心の奥のどこかで、知らないスイッチが“カチッ”と入った。





「……でも、なんだろ。ちょっと、わくわくするかも」





自分が変われるかもしれないっていう、あの予感。
“できない”って決めつけてた昨日の私が、
少しだけ背中を押してくれた気がした。


ゆっくり深呼吸をして、カウンターに立つ。





「よし……いらっしゃいませ、って言ってみよう。
わたし改革、第一歩だもん」