「正直まだ、将来の夢とかまでは分かんなくて……」
女の子は少しだけ視線を落とした。
でも、その頬はほんのり赤い。
「うん、それでいいんです。
“どこに向かいたいか”って、いきなり地図みたいに広がるわけじゃないから。
でも、自分の“好き”とか“うれしい”がちょっとずつ積み重なると、ちゃんと道になるから」
ここねはやさしくそう言って、店のカウンターにそっと新しいインク瓶を置いた。
「これ、試してみますか? “すこしずつインク”。
1日1つの文章しか書けない代わりに、昨日より“前に”しか進めない文字になるんです」
女の子は目を見開き、思わず笑った。
「前にしか進めない……って、なんか、いいね」
「はい。今のお客さんに似合ってる気がします」
その一言で、女の子の胸の中にじわっと温かい灯りがともる。
“何もない”って思ってた自分の中に、こんなにも“誰かのために”があったこと。
気づけたことが、少しだけ誇らしかった。
“すこしずつ”って、たぶん、わたしにぴったりだ。
“すこしずつ”だけでいいから、進んでみよう。
女の子はそう思えた。
今日のページの隅に書いた言葉が、ゆっくりと光を放つ。
星たちはまた、小さな線を描きはじめる。
まだ細くて頼りないけれど、それは確かに女の子だけの道しるべだった。
「自分の中の小さな声を聞いてあげてって言ってくれたおかげで、動けたんだと思う。……ありがとう、店員さん」
女の子小さく頭を下げた。
その言葉に、ここねの胸がほんのりあたたかくなる。
ありがとうって……わたしのほうこそ、だよ。
託されたこのお店で、自分がしたことが、誰かの“前に進むきっかけ”になっている。
その実感が、ここね自身の心の奥に、ぽっと小さな火を灯した。
見上げた棚の向こうで、インク瓶がふわりと揺れて、小さく光ったような気がした。


