受話器を置いたそのとき、鈴の音が鳴らないくらい、おそるおそる扉が開いた。
入ってきたのは、となりの中学校の制服を着た女の子。
自信なさげに眉尻がさがっているのが、印象的だった。
「いらっしゃいませ!”魔法文具屋パレット“へようこそ!」
働きはじめて4日。明るくにこにこと微笑みながらそう挨拶ができるようになった。
努力を重ね、成功体験が増えることで、自信がすこしずつだけどついてくる。
「……あれ、私、なんでここに来たんだろ……」
ぽつりとこぼした女の子の声に、ここねは少しだけ首をかしげる。
このお店が現れて、このお店に入ってくるということは、何かしら悩みがあって、それを解決したいと思っている人。
それに自覚がなくても、だ。
「なにか最近悩んでることはありますか?」
「悩み……うーん、はっきりと言えるものはないけど……」
やっぱり、女の子は自分の悩みに気づいていないのだ。
未来って、決められないと不安になる。
でも……“いま”感じてることが、少しずつヒントになっていくのかもしれない。
ここねの手が、そっとそのノートに触れる。
表紙の羅針盤が、小さく脈打つようにきらりと光った。
タグには、手書きの文字でこう記されていた。
《コンパスノート》
——その日いちばん心に残った言葉や気持ちが、小さな光として芯に宿る。
たとえすぐに答えが出なくても、想いが少しずつ、未来の方角を教えてくれる。
「……この子だ」
ノートが導かれたのは、たぶん、この子の“まだ気づいていない想い”。



