「何をしている」
「っ⁉︎」
ふと、冷たい声が聞こえた。
尊都さんか屋敷の人間か、と思ったが、違う。
まさか、お店の人……?
緊張しながら振り返ると、そこには。
「その人は逃げているようだが。お前たちはいったい何をしているんだ?」
「えっ、いや、これは――」
「人身売買……だろう?」
栗色の髪に、真っ黒の瞳。
驚くほど綺麗な青年が、私を攫った2人に銃を向けていた。
「ここで違法店が取引していると聞いたから来てみれば、まさか年頃の女性を売り買いしている場所だとは」
「ひっ……サ、サツか⁉︎」
「嘘だろ、ここがバレた……⁉︎」
その人の視線はとても冷たい。もういっそ、憎悪の炎が燃えているかのようにも思えた。
実際に彼の感情が私に向けられているわけではないのに、私にまで威圧感が届いている。
でも、あの人は――……。
「…………」
深い思考に沈みかけていたところで、銃を構えて2人を威圧するその人から視線が投げられた。
『逃げろ』と。そう言われている気がする。
助けてもらった人を置いて逃げるのはちょっと罪悪感があるが、これが最善だろう。
私は深く頷き、続いて軽く礼をしたあとに走り出した。
よかった、助かった!
あの人たちにとっての大きな誤算は2つ。
私が結束バンドの拘束から逃れられたこと、それから警察っぽい人が来ていたこと。
きっと警察ってことがバレないように、あの人が私服だったのが決め手だったのだろう。
「夕ご飯までには、帰れるかなあ」
走りながら、1人そう呟く。
そのときに思い出した、手元の便利な文明の利器。
見れば、運転手さんや尊都さん、黒葉さんからまでも着信がたくさん。
うわあ、心配かけちゃったな。
とりあえず電話をかけ直さなきゃ。
「……かけ直すって、どれだ?」
これは……メールか。あれ?どれだ?着信拒否……は違うし。
首を傾げて足を止めかけた、そのとき。
ブーッと、スマホが震えた。
尊都さんから電話だ!よかった!
私は嬉々とした気持ちで電話を取る。
「もしもし!」
『っ、出た!刹菜⁉︎』
電話越しに聞こえる尊都さんの声は、珍しくとっても取り乱していた。
なんだか申し訳ないな。私が人の気配を読めないせいで易々と攫われちゃって。
とりあえず安心させたくて、現状を報告する。
「刹菜です!現在逃亡中です、ここどこでしょう⁉︎」
『逃亡中?やっぱり攫われたんだね?』
「はい!でもなんか警察?っぽい人?が来たみたいで、誘拐犯はその人が抑えてくれてます」
『……わかった。刹菜、現在地を特定できそうなものを写真撮って送って』
「了解しました!」
それくらいは流石に私でもできることだ。
曲がり角を曲がったところでちょうど見つけた大きな建物の写真を撮って、メッセージで送信する。
ってああ、こっちメモのトークルームだ。違う違う。尊都さんに送信、っと。
『……山奥の旧農業大学か……わかった、その建物の中に隠れてて、俺が迎えに行く』
「へっ、は、はい!」
尊都さんって忙しい人だから、てっきり運転手さんが車で迎えにくるんだと思ってたけど。
運転手さんが運転して迎えにくるのはそのままかもしれないとしても、尊都さんの手まで煩わせるとは思ってなかった。
ますます申し訳ないな。貴重な時間を奪ってしまう。
それでもまだそんなことを言っている状況ではないので、私は電話を切ると旧農業大学らしい無人の廃墟に駆け込み、身を潜めた。



