「司書先生、こんにちは」



「へっ、あっ、せ、刹菜さん……?」




話しかけるなり、司書先生は顔を赤くして狼狽えた。



司書先生はこの間、私にとっても怪しいバイト?を提案しそうになっていた人だ。



あのときいかにもやましい内容ですよって顔だったから関わりたくなかったけど。



でもちょっと使えそうだったから、申し訳ないけど利用させてもらおう。




「ちょっと聞きたいことあるんですけど、教えてもらってもいいですか?」



「き、聞きたいこと……?」



「教えてくれたら、『ぱぱかつ』の件は秘密にしておいてあげますよ」



「っ⁉︎⁉︎」



「してもらってるんでしょう?」




さっき、『ぱぱかつ』なるものを調べてみた。そしたらまあびっくり。あまりに悍ましい。



でも、超絶貧乏で有名な私がいきなり新品をいくつも持ち出したら、確かに『ぱぱかつ』を疑ってしまうかもしれない。



昨日から悪目立ちしているのはそのせいもあるだろう。



……悪目立ちは別に昨日からじゃないか。



それはともかく。



そんなのバレたら一大事だ。減給じゃ終わらないのはほぼ確実だろう。



どっちみち『ぱぱかつ』はバレるだろうけど、聞きたいことには答えてもらえそうだ。




「な、なにかな?」



「『尊都様』、この名前をご存知です?」



「……その話をしたいの?」



「はい」




司書先生はあからさまに動揺し、あたりを見渡した。



図書室には誰もいない。それにホッとした表情をしてから、司書先生は小さい声で話し始める。




「尊都様は、得体の知れないお方だよ。正体は誰にもわからないんだ。名前しか教えてもらっていないから」



「なのにみなさん、様付けしているんですか?」



「この街に私立の学園はいくつかあるけれど、どこも尊都様の寄付のおかげで設立できたところなんだ」



「えっ」




私立学園はどこも、尊都さんのおかげで設立できたってこと?



だからみんな尊都さんのお言葉は絶対なんだ。私が尊都さんに見つかった日も、それでいきなりの訪問でも許された……。



やっぱりすごい財力だな、尊都さん。



でもそうか、先生たちも尊都さんについてはあんまり知らないのか。




「刹菜さんは私立学園を選んだからよかったけど、公立学校はひどいものだよ。そこは街の特徴が顕著に出てる」



「公立学校は、金は権力だし権力は金なんだ。成績なんてお金で買えるし、お金がなくちゃ奴隷扱いなんだ。あそこはまだ、尊都様の息がかかってないからね」



「…………」




それじゃあ、まるで。



私立学園は尊都さんの権力があるから平和、みたいな。



尊都さんって、そんなすごいことしてたの?



もし私が特待生試験に落ちて、授業料が安い公立に行ってたら、それこそいじめ三昧だった……?




「聞きたいことはこれでいいかい?先生たち、特に校長は尊都様のことをあまり話したがらないから、あまり大声で言わないようにね」



「校長先生は何か知っているんでしょうか……?」



「校長か理事長は、もしかしたら、尊都様の職業くらいは知ってるかもしれないけど」




なるほど。確かにその2人は、少なくとも司書先生よりは知ってることがあるのかも。



とはいえ、流石に校長室や理事長室に突撃して尊都さんのことを聞くわけにもいかない。



尊都さんと初めて「会話」したあのとき、校長先生はあの部屋を退出させられていた。



きっと校長先生にも、今の尊都さんとの雇用関係がバレるような話はしないべきだろう。



司書先生は弱みがあったから聞けただけだし。



でもひとまず、目的は達成だ。そろそろ教室に戻るとしよう。




「わかりました、ありがとうございます。約束通り、『ぱぱかつ』は黙っておきますね」



「約束だからね!!」




私がそう言って踵を返すと、司書先生は慌てて叫んできたのだった。



……バレたくないなら、静かにすればいいのにね。



やっぱりうっかりさんらしい司書先生は、バレるまでそんなにかからなそうだ。