「へへへ、綺麗な女だ……」
聞こえる。
「総長、起きちまう前にさっさと食っちまいましょうよ!」
感じる。
陰湿な声と明確な悪意。
私をどうにかしようとしている声が。まったく気持ち悪い。倫理観がなっていない。
そんなんだからモテないんだよ、たぶん。
そんな感じで心の中で悪態をつきながら、私は今の状況を整理した。
うーんと、なんでこんなことになってるんだったっけ。
さっきまで、バイトが終わったからヘロヘロになって帰り道を歩いていたはずだ。
だけどなんか急に後ろから変な薬を嗅がされて、そこで意識が途絶えた気がする。
ってことはもしかして、私あのとき攫われたりしたのかな。
なんのために?
「まあそうだな、美人をただ売っぱらうのは勿体無い……味見はしなくちゃなあ」
おええ、まじきもい。
でもなるほど、事態は把握した。さすがは治安が悪すぎる街だ。
私みたいな凡人を売って儲けようとしてるってか。その前に私を味見するとまで言っている。
世の中ってほんと嫌になっちゃうね。
味見も売られるのも嫌だし、逃げ出さないと!
「よーし、じゃあ、いただき……」
「はっ!」
「ぐわあっ⁉︎」
手を伸ばしてくる気配がしたので、私は目を開けて男の手を蹴り上げた。
…うーん、やっぱり手枷と足枷がついてる。これ鉄製かなあ、面倒臭い。
「よっ、と…」
「お、起きた⁉︎っていうかこいつ…!」
足を振った勢いでなんとか文字通り飛び起きると、周りにざっと10人ほどいる男たちは狼狽えた。
「誰が誰を売るって?」
「聞いてやがったのか、この!」
リーダー格らしき人が飛びかかってきた。
私はそれを避けつつボロボロのソファから離脱する。
おっ、総長って呼ばれてた割にはあんまり速くないんだね。それなら反撃もできそう。
私は、手枷がついたまま腕を振り回してそのまま手枷でみぞおちを殴った。
「がっ…!」
「総長…⁉︎」
総長と呼ばれた男が気絶したのを確認して、私は周囲を見渡す。
リーダーがやられたからか、周囲は慌ててばかりでなにをしようか迷っているみたい。
…ふむ。なるほどね。やっぱりそんなに大したことなさそう。
よしじゃあそれなら、私は――
私はぐっと足に力を入れると、男たちに向かって飛び跳ねた。
「っ⁉︎」
「バイバイ!」
――逃げる!!!
私はキョンシーの如く、手も足も制限されたまま部屋の外へまっしぐら。
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、それでいて素早く移動していく。
こういうとき、私は身体能力に恵まれてよかったとつくづく思うんだよね。
「逃げっ…⁉︎」
「ばか、追うぞ!」
「追いかけてきたら、そのときはまた総長さんみたいにしてあげるね!」
そう叫ぶと、男たちの勢いはどんどん失せていく。
なるべく殴るのは最低限に抑えておきたいから、この脅しが効いてよかった。
「待てよ、でもあいつ手枷と足枷ついてるんだぜ……?」
「やっぱ流石にやべぇよ!女1人なんだ、全員でかかれば押さえつけられんだろ!」
「ありゃりゃ」
まあそうだよね、手枷と足枷の状態で外に出られたら困るか。
さらにあの人たちの罪が重くなりそうだし。
うーん、どうしよう。
とりあえず私は近くのドアを開けた。
そこは階段につながるドア。
ふむ。私は2階にいたらしい。
その空間はどうやら吹き抜けになっているようで、天井のパイプを伝えば向こうの2階スペースに降りられそうだ。
「待て!」
「誰が待つもんです――か!」
「あっ⁉︎」
ぴょーん、と飛んで、手枷を天井のパイプに引っ掛ける。
ギャリギャリギャリ、と手枷はパイプを滑り、私はどんどん元の場所から離れていった。
アドベンチャー系パークのジップラインでもやっている気分だ。
「ほっ!」
引っ掛けていた手枷をなんとか外し、反対側に降り立つ。
男たちは私を指さして忌々しそうに叫んできた。
「運動エグすぎかよ…!」
「そりゃどーも!おかげであなたたちみたいな人から逃げられるね!」
地団駄を踏む男たちを見て思わず煽ってしまう。
だってここまでしつこいとは思わないじゃん。あそこで諦めてくれればよかったのに。
それに今の事実だし。
そんな思いを知ることなく、男たちはこっちに向かってこようとする。
あーもう、と戦闘態勢になろうとした、そのときだった。
私たちの世界に、その「声」が聞こえたのは。
「――へぇ」



