お店は
ちょっと路地入ったとこにある
隠れ家的なカフェだった

 

看板も小さくて
ぱっと見は誰も気付かなそうなくらい

 

「ここなら人も少ないだろ」

 

「えっ…すご…涼真くんこんなとこ知ってたんだ…」

 

「ここ結構使わせてもらってんだよ。仕事仲間と飯行く時とか」

 

涼真くんは黒いキャップを深めに被ってて
私はマスクに帽子を合わせてた

 

芸能人っぽいっていうか
…ちょっとだけドキドキした

 

席に通されると
半個室みたいに仕切られてて
照明も落ち着いてる

 

「静かでいいな…ここ」

 

「だろ」

 

メニューを開いて
涼真くんがこっちに差し出してくる

 

「奈々は?何食う?」

 

「んー…パスタとか?」

 

「じゃあ、それで」

 

注文して落ち着いたところで
涼真くんが顔を上げた

 

「…で?聞きたいことって?」

 

「あ…えっとね…」

 

私は
ちょっとだけ考えながら言葉を探した

 

「セリフの間とか表情は前より掴めてきたかもだけど…

恋愛の気持ちそのものが、まだ分かんない時があって…」

 

「まーな。そりゃ経験ないとイメージしづらいよな」

 

「やっぱ…そうだよね…?」

 

「まぁ…俺も最初そんな感じだったし」

 

「ほんとに?」

 

「ああ。だから最初からできる奴なんていねぇって」

 

そう言いながら
涼真くんは少し笑った

 

「でもな」

 

ふっと目線を合わせてくる

 

「芝居ん中だけでも“この人好きかもな”って思いながらやってみるといいとおもう」

 

「好きかも…?」

 

「そう。別に本気で誰か好きになるわけじゃねぇし

でも、そのつもりで相手見るだけで全然違うから」

 

私は
その言葉を頭の中でゆっくり繰り返してた

 

「…なるほど」

 

「気負わなくていいんだよ。芝居なんて所詮“その瞬間”だけ感じれば十分だしな」

 

「そっか…!なんかちょっと分かった気する!」

 

「だろ」

 

涼真くんが
軽くニッて笑った

 

「奈々はちゃんと伸びるからな」

 

まっすぐ言われて
ちょっとだけ胸が熱くなる

 

「ありがと…!」

 

ちょうどそこに料理が運ばれてきて
自然に会話はまたゆるく続いていった

 
________



「ごちそうさまでした。美味しかったぁ」

 

「お、それはよかった」

 

お店を出ると
夜の空気が少しひんやりしてた

 

自然に並んで歩きながら
私はさっきの話をまだ考えてた

 

「さっきのさ」

 

「ん?」

 

「“好きかもな”って思いながら演じるってやつ…」

 

「うん」

 

「なんか…難しそうだけど次からやってみるね」

 

「あぁ、参考程度にしかならなくてごめんな」

 

涼真くんは横でゆるく笑った

 

「まぁ…多分奈々ならすぐコツ掴むだろ。
感覚は悪くねぇし」

 

「えー…ほんとかな」

 

「ほんとだって」

 

さらっと言われて
なんか照れくさくなる

 

「……じゃあさ」

 

「ん?」

 

「涼真くんも最初は全然できなかったって言ってたじゃん?
けど今はすごく自然に演じてるし…
涼真くんはどうやって慣れたの?」

 

「俺?」

 

涼真くんは少しだけ考えるように空を見上げた

 

「…現場重ねるうちに、自然とかな」

 

「え、それだけ?」

 

「それだけ、だな」

 

私が少し笑ったら
涼真くんもニヤって口角を上げた

 

「けど…」

 

「けど?」

 

「結局一番は“相手役にちゃんと向き合う”ってことかもな」

 

「向き合う…」

 

「台本読んで、セリフ覚えて…それだけじゃ出ねぇ空気があるからな」

 

「空気…か」

 

ふわっと胸の中がくすぐったくなる言葉だった

 

歩きながら
ふいに肩がちょっとだけぶつかった

 

「…ぁ…ごめん」

 

「は?別に謝ることじゃねえじゃん?」

 

涼真くんの声は
いつもより少しだけ低くて

 

それが妙に
胸の奥に残った

 

 

少し沈黙が続いてから
涼真くんがポツリと呟く

 

「それに…」

 

「?」

 

「俺もさ、もし相手役が奈々だったら
ちょっとはやりやすい気すんだけどな」

 

「……え?」

 

思わず足が少し止まりそうになる

 

涼真くんは
何食わぬ顔で前を向いたままだった

 

「ま、いつかの芝居の話な」

 

「……」

 

心臓が
少しだけ跳ねた気がした

 

「……そ、そっか」

 

自分で思ってたよりも
声がうわずってた

 

「ん?どした?」

 

「な、なんでもない!」

 

ちょっとだけ早歩きになった私の隣で
涼真くんが小さく笑ったのが
視界の端に映ってた

 

 

夜風が静かに吹いてた

 

けどなんだか
胸の奥がぽかぽかしてた