撮影が終わって、楽屋に戻ろうとしていたときだった
後ろから聞こえた声に、立ち止まる
「奈々、ちょっとだけいい?」
振り返ると、涼真が真剣な顔をして立っていた
そのまま黙って彼についていくと
使われていないスタジオの端に案内された
誰もいない
さっきまで使われていた照明が
まだ少しだけ温かい光を残していた
涼真は奈々の顔を見て、少し黙ったあとゆっくり口を開く
「この前のキスのシーン……
あれさ、演技って顔してたけど
俺の中では全然演技なんかじゃねえから」
「台本にはそう書いてあったけど、
俺……途中から感情が止められなかった
カメラの前だったのにさ。お前しか見えなかった」
奈々は胸の奥で、何かが静かに揺れるのを感じた
「お前にとってはあのシーンも仕事のひとつかもしれない。
だから、俺の気持ちが重荷になったら、それはごめん。
でも、あの時だけは……俺の本心も混ざってたって
ちゃんと伝えたくて。聞かれる前に、自分の言葉で」
奈々はゆっくりと、目だけで応えた
何も言えなかったけど、逃げなかった
「なんだかお前が無理して笑ってるんじゃないかって
少し思ったから。でも、今のお前の顔見てたら……
今、自分の気持ち言ってよかったって思えた」
涼真はふっと笑って、一歩だけ近づいた
奈々の頬にかかる髪を指でそっと払ってから、目を細めた
「……綺麗だった。あのときの、お前。
だから、仕事でキスしたんじゃなくて
俺は仕事って言い訳使ってでもお前に触れていたかった」
__涼真くんの言葉を聞いた瞬間
奈々の心の中で、何かが溶けていった
「…嬉しい…ありがとう」



