「……すごかったね、さっきのシーン」

 

控室に戻る前
ふいに背後からかけられた声に、奈々の足が止まった

 

振り返ると
そこにいたのは___冬城美月

 

長身で、黒のシンプルなワンピース
ノーメイクでも肌が輝くような存在感

 

「びっくりした……美月さん」

 

「あんなリアルなキス、台本にあったっけ?」

軽く笑いながら、美月が奈々の隣に並ぶ

 

「……演技です、あくまで」

 

奈々の声は、わずかに震えていた

 

けど、美月はその揺れに気づいていたのかいないのか
少しだけ目を細めて、さらっと言った

 

「ふーん……でも涼真くん、ああいう顔するんだね
 なんか…懐かしかった」

 

(やめて)

 

一瞬、鼓動が飛んだ

 

「昔、あたしと共演したときも
そういう空気、何回かあったな〜って」

 

まるで回想するように、美月はふわっと笑った

 

「でも、今日の彼……ちょっと違ったかも」

 

 

奈々は何も返せなかった

 

笑顔のまま、美月が続ける

 

「……涼真くん、そういうとこあるからさ
相手も本気になっちゃうんだよね

本人は気づいてないだけでさ」

 

「でもまあ、奈々ちゃんくらいの子には……涼真くんはちょっと危ないかもね?」

 

言い終わると同時に
そのまま先に歩き出していく

 

___足音だけが、冷たく響いた

 

 

奈々は立ち尽くしたまま、深く息を吐いた

 

(……わかってる)
(そんなの、全部わかってる)

 

けど、あのキスのあとで言われると
どこかに確信していた気持ちが
ぐらりと崩れていく

 

 

──そして、夜

 

ベッドの上
スマホを持ったまま眠れずにいた奈々は

 

“#朝凪ドラマ”
“#あのキス本気っぽい”
“#涼真奈々ガチ”

 

SNSに溢れたハッシュタグを
何度もスクロールしていた

 

 

画面の中の涼真と自分が
“ただの役”には思えなくて




____胸の奥が、ずっとざわざわしていた