___後日

 

スタジオ内の空気が張り詰めていた

 

監督が小声で「静かに」と手を振り
カメラが回る音だけが響く

 

 

奈々は、息を浅く吸い込んで
ベッドサイドに立つ涼真を見た

 

その目は、完全に“透”になっていた


だからこそ、

自分も“凛”でいなきゃいけない

――そう思った

 

「スタート」

 

 

照明が落とされ、空間に淡い灯りだけが差し込む

 

涼真(透)が、奈々(凛)に近づく

 

ゆっくりと、迷いを消すように
凛の頬へ手を添える

 

 

『……俺を、信じてる?』
 

 

『……信じてるよ、透』

 

 

奈々の声は震えていない

けど、微かな熱が乗っていた

 

涼真が、そっと額を重ねる
視線が交わり、呼吸が同じになるその瞬間

 

耳元へ――息に混ざる声が落ちる

 

“……昨日の黒川より、今日の俺の方が響いてるよな?”

 

 

__奈々の体が、わずかに硬直する

 

演技中とわかっていても

その囁きに、心がざわめく

 

(なに…そんなの、比べられないよ)

 

___でも顔には出さない
凛として、そこにいる

 

 

涼真が奈々の肩に手を置き
そのまま彼女をベッドに導く

 

ひとつひとつの動作が
丁寧で、ゆっくりとしたリズムで進む

 

まるで“ためらい”すら演出の一部のように

 

奈々の手が、彼の胸に触れる

 

『……怖いよ、でも……透となら…いい』

 

 

__カメラがじりじりと寄る

 

そのとき、再び…
涼真がふいに口を寄せる

 

“…ばーか…本気で感じてるの、バレてる”

 

 

ぞくりとする感覚が、奈々の背を走った

 

演技の中なのに

その言葉だけが、心の奥に触れてくる

 

 

『……もう逃がさない』
 

透のセリフと同時に
涼真の手が、奈々の腰を強く引き寄せる

 

ベッドの上、視線が交差する

 

奈々の瞳にうっすらと涙が浮かぶ

 

それもまた、演技の一部に見えた

モニター越しの監督がつぶやく

 

「……これは、完璧だな」

 

 

透が凛の髪をそっと撫でて
最後のセリフを落とす

 

 

『……お前しか、いないんだよ』

 

 

奈々も、小さく口を開く

 

『……透、わたしも…愛してる…』
 

 


_____「カット!!」

 

 

その瞬間、スタジオの空気が崩れた

 

スタッフの誰もがしばらく声を出せず
やがて、モニターの前から拍手が起きた

 

「……名シーンだよ、これ」

 

「彼女、十八歳だよな…?信じられない」

 

 

奈々はゆっくりと起き上がり
けど、心臓の鼓動は止まらなかった

 

その拍子に――涼真と、目が合う

 

さっきまでの“透”ではない
でも、何も言わずに微笑んだ彼のその顔は

 

“どっちで囁いたか”なんて
もうわからなくなっていた