あの撮影から――

 

順調にシーンを重ねて
ついにドラマは無事、クランクアップした

 

あの日の濃厚な演技は
放送されるや否やすぐ話題になって

 

「高校生でこれはヤバい」
「完全にプロ…いや、天才じゃん?」
「まじでしてるかと思った」
 



___SNSにはそんな声が並んでた

 

もちろん嬉しかったけど

正直…
少しだけ戸惑ってる自分もいた

 

あれは演技だけじゃなくて――
自分の気持ちも重ねてたから

 

 

その後、私は一気に多忙になっていった

 

CM、トーク番組、雑誌、次のドラマの打ち合わせ
目まぐるしく日々が過ぎていった

 

涼真くんとは時々連絡はとってたけど
前みたいに会える時間はなかった

 

“今度、空いたら絶対メシ行こうな”

 

そんなメッセージも何度か来てたのに
なかなかタイミングが合わなかった

 

 

そして今日――

 

久しぶりにふたりともオフが重なった

 

私は久しぶりに
ドキドキしながら、涼真くんのマンションの前に立ってた

 

少し曇った空
手には小さなお土産の袋

 

インターホンを押す指先がほんのり震えてる

 

(なんか…久々すぎて、緊張する…)

 

___でも会いたかった

 

声が聞きたくて

目を見たくて

ちゃんと会って、ちゃんと笑いたかった

 

「ピンポーン」

 

少しして、扉が開いた

 

「……よう」

 

無造作な髪に、ゆるいTシャツ姿の涼真くん

 

その顔見た瞬間___


胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた

 

「ひさしぶり」

 

「…ぁ…うん」

 

「…なに突っ立ってんだよ。入れよ」

 

自然と微笑みあいながら
私は彼の部屋に一歩踏み出した

 

___その瞬間



全然変わってない香りに、心がふっと緩む



部屋に入ると
ふわっと香る柔軟剤の匂いが懐かしくて

思わず深く息を吸い込んだ

 

「飲みもん、冷たいのでいい?」

 

「うん」

 

キッチンで冷蔵庫を開ける涼真くんの背中を見ながら
私の手は自然と膝の上で指を絡めてた

 

___なんだろう、この空気

 

嬉しいのに
会えたのに

どこか、胸の奥が落ち着かない

 

彼が戻ってきて
隣に腰を下ろすと、ソファがふわりと沈んだ

 

「奈々…なんか痩せた?」

 

「…あぁ…どうだろ。忙しかったから、かな?」

 

「大丈夫か?無理してねー?」

 

「……大丈夫。ありがとう」

 

___目を合わせた瞬間

空気が変わった

 

……沈黙……

 

でも___

心の中では、さっきから
叫びそうな気持ちがうるさくて

 

(ほんとは…ずっと会いたかった)
(寂しかった…ちゃんと、言いたいのに)

 

 

__そんな空気の中

涼真くんが、ぽつりと口を開いた

 

「……お前さ」

 

「……うん?」

 

「あれからずっと言わねぇけどさ」

 

「……」

 

「その…俺のこと、どう思ってんの?」

 



その一言で
心臓が止まりそうになった

 

(え……)

 

涼真くんは冗談めいた笑いも見せないまま

真っ直ぐこっちを見てた

 

__逃げられない視線だった

 

「……演技の相手として、でもいいし、ただの仲間でもいいけど」

 

「……けど俺は、お前のこと…ちゃんと“好き”って思ってるよ」



「俺さ、最初はただの幼なじみで
演技の練習相手だったのに

 気づいたら、…どんな時もお前が頭にいる」

 

…胸がぎゅってなった

 

口の中が乾いて
うまく声が出せない

 

でもこのまま、黙ったままじゃだめだって

 

___言わなきゃ。



今日こそちゃんと…

___好きだって

 

私は
震える唇を押さえるようにして、小さく言った

 

「……私も」

 

涼真くんの目が、少し見開かれる

 

「……私も、ずっと涼真くんのこと考えてた

 
でも…
怖かった。仕事のこととか、立場とか
 
私なんかがって、思ってて…」

 

涼真くんが静かに手を伸ばしてきて
私の手を包んでくれる

 

「……俺が誰に本気になるかは、俺が決める」

 

その低い、でもまっすぐな言葉に
私の目の奥が熱くなった

 

 

「……じゃあ、ちゃんと言うね?

 

私も……好きだよ、涼真くん」

 

 

___その瞬間


彼の表情が少しだけ崩れた気がした

 

「…ばーか…やっと言ったな」

 

照れたように笑ったあと
涼真くんは私の頭をふわっと引き寄せた

 

「…好きだ。今日から、俺の彼女…な」

 

「……うん。涼真くん、好きだよ」

 


肩にそっと頭を預けながら

心の中が、じんわり温かく満たされていった