カフェの中は静かで
外の喧騒がまるで嘘みたいだった

 

半個室のソファ席

自然と向き合う形で座ってたけど
どこか緊張感もあった

 

涼真くんは
ゆるく背もたれにもたれながらカップを持ち上げる

 

「で?最近の芝居、どう?」

 

「うーん…」

 

私はカップを両手で包んで
少しだけ俯いた

 

「なんかさ…やっぱりどうしても
芝居にあう感情の流れを作るのがまだ難しくて」

 

「ま、簡単じゃねぇからな」

 

「ほんとは自然に好きになる気持ちがスッて入ってくればいいのに」

 

「それが芝居の一番難しいとこだろ」

 

涼真くんは
落ち着いた声で返してくる

 

「……でもさ」

 

「ん?」

 

「最近ちょっとだけコツ掴めてきたかもって思う時もあるんだ」

 

「お、珍しく前向きだな」

 

「ふふ…」

 

笑いながら
自分でもちょっと照れくさくなる

 

「……でも、そう思えるのも
涼真くんが練習手伝ってくれてるからだよ。ありがとね」

 


わたしは自然と顔がほころんだ

 


 

その瞬間――

 

涼真くんの指が
持ってたカップを一瞬だけ持ち直すようにズレた

 

ごく小さく、喉も上下してた

 

「……いや、別に」

 

声のトーンが
ほんのわずかに掠れてた

 

「…どうしたの?」

 

「いや、なんも」

 

すぐに視線を外して窓の外を見た

 

でも私は
そこに突っ込まず自然に流した

 


 

___なんでもない会話のはずなのに



なんだかこの距離が
妙に意識させてくる

 



「つか芝居の話…今日はもうやめよっか」

 

「…へ?」

 

「…今日は”練習”っていうよりさ――」

 

そこで一拍置いて
軽く口元を緩める

 

「…デートだろ、一応」

 



___その言葉に

一瞬ドキッとした

 

「え…あ…そ、そうだね…」

 

私もつられて笑ってしまった

 

「もうちょい普通に楽しもうぜ」

 

「うん…!」

 

空気が一気に柔らかくなるのがわかった

 

 

そのあと二人で
メニューを見てスイーツを追加注文した

 

「わあ…このチーズケーキ美味しそう」

 

「いいじゃん。甘いの食えよ、奈々そういうの好きだろ?」

 

「…なんで知ってんの」

 

「前からだろ。現場で差し入れの時も一番先に甘いの取ってたし」

 

「わ、わざわざ覚えてなくていいから!」

 

思わず顔が熱くなる

 

でもその流れで
自然に笑い合ってた

 

 

スイーツが運ばれてきて
一緒に食べながらの会話は

 

さっきまでの緊張とは違って
ただ普通に楽しくて

 

くだらない話や仕事の愚痴とか
お互い自然に盛り上がっていく

 

 

「なんかさ」

 

「うん?」

 

「お前って昔から、こういう時テンション上がると手の動き多くなるよな」

 

「え、そう?」

 

「さっきもさ、好きなケーキの話してる時。
…めっちゃ手動いてた」

 

「…もー!やめて!恥ずかしいって!」

 

「ははっ」

 

涼真くんが笑いながら肩を揺らしてた

 

こっちまでつられて笑ってたけど
心の奥ではなんだか不思議な高揚感があった

 

普通に話してるだけなのに
嬉しくて楽しくて

 

……ずっとこうしてたい、なんて思ってしまうくらい

 

 

やがて店を出て
夜風が少し冷たく感じる時間になってた

 

___並んで歩く帰り道

 

ふたりの足音だけが
静かな道に響いてた

 

でも
この沈黙すら嫌じゃなかった

 

涼真くんはポケットに手を入れたまま
ふと前を向いたまま呟く

 

「たまにはこういうのも悪くねぇな」

 

「うん…」

 

「芝居抜きで、ただ普通に」

 

その言葉が
妙に胸に残ってた

 

私の心臓は
ゆるく高鳴り続けてた


 

やがて駅前に着いて
自然に立ち止まる

 

「じゃ…ここで解散だな」

 

「うん…」

 

「今日はありがとな。新鮮で楽しかったわ」

 

「……うん、私も楽しかった!ありがとう」

 

自然に笑い合えたけど

心の奥では胸がずっとざわついてた

 

このままバイバイするのも
なんとなく名残惜しく感じた

 

 

ふいに涼真くんが
少しだけ近づいてきた

 

え?と思った瞬間――

 

「…お疲れ」

 

そう言って
ふわっと私の頭に手を乗せた

 

軽くポンポンと優しく撫でる

 

その手が
温かくて優しくて

 

瞬間
息が止まりそうになった

 

「……っ」

 

__心臓がドクンと跳ねる

 

「あんま頑張りすぎんなよ。明日からまた練習しような」

 

耳元で落ち着いた声が落ちた瞬間
もう顔が熱くなりすぎて、まともに返事もできなかった

 

「…あ、うん…」

 

涼真くんは
何事もなかったかのように軽く手を振って背を向けた

 

私はしばらくその背中を
呆然と見送ってた

 

 

──やば……

 

頭をポンポンされたあの感触が
まだ残ってる

 

完全に意識してる、私――

 

 

帰宅しても
今日の全部が
何度も頭の中でリピートされてた

 

服を着替えもせず
そのままベッドに倒れ込む

 

天井を見上げながら
小さく息を吐いた

 

 

──練習のはずだったのに

 

──芝居の距離感、掴むはずだったのに

 

でももう
私の気持ちはとっくに役とかじゃなくて

 

……好きだ

 

はっきり自覚してた

 

涼真くんのことが
本気で…


この感情に気づいた今…

明日からどう練習しよう…