撮影が終わったその夜

 

私はなかなか寝つけなくて
スマホを握りながら
何度も画面を見てた

 

──相談、してみようかな…

 

さっきの撮影でのことが
ずっと頭から離れなくて

 

でも…


涼真くんなら、なんかアドバイスくれそうな気がしてた

 

《今、少しだけ電話してもいい?》

 

送信して
ほんの数秒で既読がついた

 

《おう。全然大丈夫》

 

返事が来た瞬間
胸がほっとした

 

 

数分後

 

「おつかれ」

 

「おつかれさま…」

 

声が繋がっただけで
さっきまでの緊張が少し和らいだ

 

「今日、現場だったんだろ?大丈夫だった?」

 

「うん…まあ、それがさ…」

 

私は今日のことを
少しずつ話し始めた

 

初日の撮影で緊張してしまったこと
相手役の真也くんが優しくフォローしてくれたこと
でも自分の中ではまだ納得できてないこと

 

「…って感じで、なんか自分にちょっとがっかりしてた」

 


___素直に吐き出せた

 

涼真くんは
黙って最後まで聞いてくれて

 

「……まあ、気持ちは分かる」

 

「うん…」

 

「けど焦る必要ねぇだろ。奈々、まだ本番入ったばっかなんだし」

 

「そうなんだけど…もっと感情を自然に出せたらなって思って」

 

「まぁな」

 



少しだけ間を置いて
涼真くんの声が柔らかく落ちる

 

「……ぶっちゃけ、芝居の中で“恋愛感情”入れるのって結局、空気作るのが一番デカいからな」

 

「え、空気?」

 

「雰囲気っていうか…感情が自然に乗る流れを作ってやるだけで、無理に出そうとしなくても体が勝手に反応する」

 

「そなのかな…」

 

私はじっと考えながら
耳を傾けてた

 

「だからさ」

 

「ん?」

 

「いきなりセリフの練習やるより――ちょっと“雰囲気作り”の練習から始めてみねぇ?」

 

「雰囲気作り…?」

 

「……デートしてみる?」

 

一瞬、息が止まった

 

「え…?」

 

「もちろん役作りの一環な?芝居で必要な距離感ってやつだよ」

 

「……あ、うん…」

 

突然の提案に
頭が真っ白になる

 

「役の中で恋人やるなら、距離感とか空気感とか…
本番いきなり作れねぇからさ。

軽く疑似デート感覚で距離慣らすのもアリかなって思って」

 

涼真くんの声はいつも通り落ち着いてるけど
私はドキドキしっぱなしだった

 

「……それって…」

 

「まあ、遊びに行くのと変わんねぇよ。
奈々が嫌なら断ってくれても全然良い。」

 

「い、嫌とか思うわけない…」

 

「ははっ、無理に意識すんなって。普通に気楽に行こうぜ」

 

涼真くんはあくまで自然体だったけど
私のほうは心臓がずっと落ち着かなかった

 




──疑似デート…

 



芝居の練習のはずなのに
それを聞くだけで妙に緊張してしまう私は…

 

……ほんと
どんだけ意識してんの…

 


 
 

「奈々。今週末、オフなんだろ?」

 

「あ、うん…!」

 

「良かった。なら…その日、空けといて」

 

「……うん…わかった!」

 



…自然に笑っちゃってた

 

電話を切ったあとも
胸の奥がずっとふわふわしてた

 

──疑似デートなのに

 

──…でもなんか、嬉しい