水を飲んで
深呼吸してから戻ると
「お、やっと戻ったか?」
「うん……もう一回…やる」
「いいね。今の流れ悪くなかったし、もう少し詰めてみよっか」
涼真くんは台本を軽く叩きながら
余裕そうに笑ってた
けど
私の心臓はバクバクしてる
なんでだろ…
さっきの練習から
ちょっとだけ空気が変わってる気がしてた
「…んじゃ、ここからな」
「……うん」
私は台本を開き直す
『…ねえ……今日は…まだ帰らないで…?』
『ん?…急にどうした?』
『……だって、やっと会えたのに…』
さっきよりも
少しだけトーンを落として
自然に感情を入れていく
目線も、逃げずに涼真くんの目をしっかり捉えた
その瞬間
一瞬だけ彼のまぶたがピクリと動いた
『………可愛い…寂しかった?』
『……うん』
声にかすかに甘えを乗せたつもりだった
自分でも無意識に
身体がほんの少し涼真くんの方に寄っていく
たぶん演技に入り込んでた
『俺もほんとは、もっと早く抱きしめたかった』
涼真くんの声が
少しだけ低く、ゆるく落ちる
でもそのあと
彼の指先が微かに動いたのに気付いた
手にしてたペンを軽く回したあと
不自然なくらいゆっくり膝の上に置き直してる
──ん…?涼真くん…今、戸惑ってた…?
私は心の中で思いながらも
セリフを続ける
『……私も…』
自然と上目遣いになっていた
距離が近い
目線も合いすぎるくらい合ってる
ふいに
涼真くんの喉が小さく上下した
……え…?
「……っ」
少しだけ息を吸い直す音が聞こえた気がした
今まで何度も見てきた涼真くんの芝居の顔じゃない
素の反応に見えた
私のほうが
逆にドキドキしてきた
「……今の、だいぶいいな」
涼真くんが台本から目をそらさず
ぼそっと言った
「ほんと…?」
「うん。今の表情、動き…かなり自然だったぞ」
声は変わらず落ち着いてるけど
よく見ると
耳のあたりがほんのり赤い
涼真くんが
ペンを持ってた右手を膝に置いたまま
反対の手で軽く後ろ髪を払う仕草をした
いつもしない癖なのに
わずかに指先が落ち着いてないのが分かった
──…意識してる…?
「な、奈々」
「……なに?」
「次、もう一段階だけやってみよっか」
「もう一段階?」
「うん。次の台本…ここからは“体の距離感”も意識するシーンだし」
涼真くんが
次のページをゆっくりめくる
私の心臓が
さらに強く鳴り始めてた
まだ
全然セリフ合わせのはずなのに
なんだか
部屋の空気がさっきまでと
少し違って感じてた



