魔法のマーメイドクラブ

 沖合水泳競争のあと、アクアちゃんは旅館の部屋で寝ていた。
 初めは、疲れたからだと思っていたけど、何度起こしても反応はなくて。けっきょく、翌日のお昼まで起きなかった。
 それから、ずっとこんな感じなの。
 どうして覚えていないのか、わからない。
 ガチャッと部屋のドアが開いて、波木さんが入ってきた。

「さ〜あ、みんな、いちじくのクリームチーズタルトが焼けたわよ」

 ふわりと、甘い香りがただよってくる。
 テーブルの真ん中にツヤツヤのタルトを置いて、波木さんがザクザクと切っていく。
 どうぞと配られると、カナトくんが少し困ったように。

「……俺は、遠慮しときます」

 そっとお皿を遠ざけた。

「あら、もったいない」
「いちじくって、食べたことないので。昔、父もあまり好まないと言っていたから」

 そうなんだ。めずらしい果物じゃないし、みんな食べたことがあるものだと思っていた。
 おばあちゃんの家でよく出されていたから、余計にびっくり。

「んじゃ、エッセンス使ウ〜?」

 アクアちゃんがカラフルなボトルを並べると、カナトくんがどれにしようと選び出した。
 たしかに、好きな味なら食べられるし、いいアイデアかも。
 波木さんもニコニコしているけど、なんだかモヤモヤする。
 わたしたちのために、一生懸命作ってくれたパイ……味を変えちゃっていいのかな。

「ーーま、待って! いちじく、おいしいよ。好きキライは別れるかもしれないけど。わたしは……好き」

 エッセンスをかける直前。いきおいよく言ったから、みんな目を丸くしている。

「アクアもスキ〜♪ おばさんのいちじくタルトは、世界一なんダヨ!」

 手づかみでアムッと食べて、「ほっぺがトロける〜」とアクアちゃん。
 つづけて、わたしも口へ入れる。クリームチーズと合わさって、まろやかでおいしい。

「二人がそう言うなら、少し、食べてみる」