夢嘘―壊れた私が、やっと愛されたはなし。

髪を切られた夜。
私はやっと、彼との別れを決心した。

音もなく落ちていった髪の束は、
それまで信じてきた“愛”の亡骸だった。
何かが完全に壊れた。
ようやく、目が覚めた。

こんなの、愛なんかじゃない。
優しさを装った支配。
涙のあとにくる「ごめんね。」は
次の暴力の前触れだった。

心も身体も、もう限界だった。
殴られた頬より、
何も感じなくなっていた自分の心が怖かった。
心も身体も、ボロボロだった。

震える手でウィッグを被った。
それは仮面だった。
「傷ついた女」から
「何も知らないふりをした女」へ。
自分を塗り替える作業だった。
それは、私を守る殻になった。

「このままじゃ終われない。」

静かな炎が わたしの中に、確かに灯っていた。

すべてを失ったような夜。
冷たい風が頬を打つ街角に立ち尽くしながら、
私はひとり、覚悟を決めた。

水のように冷たい空気と、
ネオンが滲む街。
夢も希望も見失ったようなあの夜。
心を削られ、私は深い闇の中にいた。
だけど、
それでも立ち止まってはいられなかった。

傷だらけの心を抱えて、
それでも前を向くと決めた。

「今、私にできることをやる。」

ただその思いだけを胸に、
夜の世界の扉を、自分の手で開けた。

ネオンが滲んで見えた。
水のように冷たい空気のなかで、
笑顔だけを武器に生きる日々が始まった。

名前も、声のトーンも、笑い方も
すべてつくりものだった。

でも、それでよかった。
仮面の奥にある、本当の私は
まだ、誰にも見せられなかったから。

毎晩、お客様の言葉一つひとつに耳を傾けた。
慣れないお酒に酔い、朝まで働いて
数時間だけ眠る毎日。

だけど、不思議と苦しくはなかった。
それは、私が「自分の足で立っていた」から。
自分を支えるために
生きている証を残すために
必死だったから。

少しずつ、
笑い方を覚えた。
沈黙の間を読むコツを知った。
お客様の目を見て、
言葉の奥を読むこともできるようになった。

そして、誰よりもお客様を大切にした。
それは、過去の私が一番欲しかった
「誰かに大切にされる」
ということの裏返しだったのかもしれない。

「ウィッグ、似合ってるね。」

そんな言葉が来るたびに、
私は少しだけ笑って、うまくごまかした。
過去は語らない。
それがわたしのルールだった。

心の奥にはまだ、癒えない傷がたくさんあった。
でも、見せない。
もう誰にも、それを利用されたくなかった。
私の過去は、私だけのものだから。

「なにがあっても、この世界で輝く」
それだけを胸に、夜の街で光を探し続けた。

気づけば、いつしか
「ナンバーワン」と呼ばれるようになっていた。

でも、その称号が欲しかったわけじゃない。
ただ、生きたかった。

誰かの影に怯えながらじゃなく、
自分の光で照らせる道を、歩きたかったんだ。

まだ消えない涙の跡を抱えながら、
それでも私は、冷たい夜の街で
確かに、自分の人生を取り戻し始めていた。