夢嘘―壊れた私が、やっと愛されたはなし。

恋はいつも順風満帆じゃない。
いちばん近くにいたいと思った人ほど
いちばん遠い存在になってしまうことがある。

ある日、彼は唐突に言った。

「ごめん。やっぱり俺、元カノが忘れられない。」

頭では理解しても、心がついてこなかった。
まるで胸の奥に
冷たいナイフを突き刺されたみたいだった。
苦しくて、惨めで、情けなくて。
でも、それでも彼を嫌いにはなれなかった。

「……友達でもいい、そばにいたいよ。」

そう口にしたとき、
自分がどれだけ浅はかだったか
わかっていたはずだった。
でも、離れる勇気よりも、
そばにいる甘えのほうが強かった。
それはきっと、
私の弱さだったのかもしれない。

彼に呼ばれれば、
いつでも、どんな時間でも飛んで行った。

「ほんと、私って都合のいい女…。」

そう思っても、彼の手が頬に触れるだけで
すべてがどうでもよくなった。

彼の声、体温、吐息――
それだけで、私の世界は満たされた。
けれどその幸せは、
いつも片側しか灯っていなかった。

それからの数年間、私たちはずっと
“曖昧な関係”を続けた。
彼には、いつのまにか新しい恋人ができていた。
それでも、ふとした瞬間に届くメッセージ。

「今から会える?」

その一言で、何度も何度も
私は彼のもとに戻ってしまった。

付き合っているわけじゃない。
でも、心は完全に彼に縛られていた。
会えば嬉しくて、帰れば空っぽで。
それでもまた、会いたくて――
まるで、
溺れたまま目を開けているみたいだった。

水の中で息をするみたいに。
少しずつ、感覚が麻痺していった。

きっと、これは恋じゃない。
でも、信じたかった。
彼にとってわたしが、
“特別”であると、どこかで期待していた。
期待しては傷ついて、傷ついてはまた期待して。
終わらないループの中にいた。

気づけば、私はもう20歳になっていた。
大人の入り口に立っていたけど、
心はまだ、彼にすがる子どものままだった。

ふとした瞬間に彼からの連絡が来れば、
私はまた彼の元へ行ってしまう。
会えば嬉しくて、
帰れば虚しくて、
でも会いたくて――
まるで、長い夢から覚められないでいるようだった。

そんな関係が続いたある日、
彼は何かに巻き込まれ 突然、連絡が途絶えた。

「ごめん、今、ちょっと色々あって…」

最後のメッセージを最後に、彼は姿を消した。

心に、ぽっかりと穴があいた。
涙も出なかった。
ただ、しんと静まり返るような喪失感があった。

でも、不思議だった。
私は少しだけ、前を向けていた。

「ああ、やっと、忘れられる。」

そう思った。
彼がいない世界でも、呼吸はできる。
ひとりで眠る夜も、もう怖くない。

私の時間が、
ようやく動き出したような気がした。

――だけど、
運命はまた、私たちを交差させた。